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福岡市長選挙2022・その2


前回の記事はこちら⬇️

2010年の初当選(当時36歳)から4期目の当選を果たした高島宗一郎氏。
今回の選挙を振り返ると、高島氏が『イキのいい』『選挙に強い』キャラクターというものが特に際立ったようである。

高島宗一郎市長の選挙活動については、こちらのレポートも合わせてご覧いただきたい。

2026年選挙のみならず、2023年春の統一地方選挙やその後の国政選挙にも通じるものがあるだろう。


4:静かだったメディア、選挙活動のチラ見

あくまでも想像にすぎないが、一般の方々の反応としては
・まあまあ上手く行ってるんだからわざわざ交代させる必要性を感じない(ソフトバンクホークスの先発投手が完封する勝ち試合のような感覚)
・自分たちには関係がない(政治と生活のつながりが分からない)
・政治は特別な人たちがやるもの(特に若い人や忙しかったり貧乏暇なしだったり単身『非モテ』でムラ社会とは縁遠い人々)
・そもそも政治に興味がない
ではないか。

彼らと政治をどう結びつけるか。
それは、大阪維新の会と関西地区の主要メディア各社の関係が参考になるのではないかと思うようになった。
ここでは多くを割くことはできない(松本創(はじむ)さんをはじめとして、自分よりずっと多く観察している方々が多いので彼等に譲る)が、関西メディアと比べると在福メディアが選挙直前になっても静かすぎた。

多分、一自治体のことだから大っぴらにやる必要を感じていないのかもしれない。
それでいいのだろうか。あくまでも俺自身が皆さまのツイートをチラ見したレベルにしか過ぎないが、特に大阪府については
・全国的な知名度のあるタレント(兼弁護士)橋下徹氏と、その後継者の座に収まっている吉村洋文氏・松井一郎氏の存在
・橋下氏が関わってきた大阪維新の会・全国版の日本維新の会の関係者と、在阪メディア各局の『中の人』の距離の近さ
・朝や夕方のワイド番組で、『内容の是非は別として』よく政治の話題が出ているという話を聞く

SNS(特にツイッター)に熱心な人とそれ以外の人々の熱量はおそらく相当な差があるだろう。『それ以外の人々』が旬の話題を手に入れるのは、かつてほどではないにせよ、まだまだ『マスコミ』各社からという人は多いだろう。
SNSやその他インターネットサービスを主とした『空中戦』を主に考えていると、支持組織固めや辻立ちや街頭演説や個人演説会や討論集会といった『地上戦』的な要素を忘れてしまうのではないか。
今なおマスコミ各社の重要性が失われていない以上、特にマスコミが雰囲気作りとか仕掛けをやらなければ世の人は動かないのではないだろうか。

街宣について。
選挙期間中に、キャナルシティ博多付近や地下鉄六本松駅付近で野党側(かえる会)の街頭宣伝をチラ見したが、一瞬『国民主権党』(反公衆衛生政策で悪名高い集団)などの反公衆衛生カルト集団の街頭宣伝に重なってみえてしまった。
『かえる会』の皆さまが悪いわけではなく、社会運動をハッキングした『国民主権党』他カルト集団が悪いのだが、一般の人たちにはどう映ったのだろう。

少なくとも、タイムラインを見た限りだが、『ああ共産党か』と冷めた目で見られていたようである。
元気がある若い人たちや中年層でなくお年寄りが街頭に立っていた。
この現象は7月の参議院選挙でも見られた光景だった。
党中央や地方組織の中枢の決めたことに右に倣えで本当に良いのか。
業界団体の関係者やお年寄りを動員させる一方で、若い人がそっぽをいている。そんな選挙でいいのだろうか。
※参院選の時に思ったことは別に書きたい。

5:3分の2は『寝ている』のではない

1990年代後半〜21世紀前半の日本では、
・バブル崩壊
・小泉構造改革
・リーマンショック
・民主党の政権奪取
・東日本大震災と福島第一原発事故
・2019新型コロナウイルスのパンデミック
が市井の人々をマスコミが動かした例ではなかろうか。
あとは1980年代の国鉄分割民営化か。

個人的には、ソーシャルメディアが決して優位だとは思えない、むしろ相乗効果とか増幅装置だと思っている。
世の中の流れ(特に情報通信技術の問題や例えば名も無き人々のツイート(特に時々爆発的に拡散するツイート)などから、今足元で起きていることの一端を読み取れるか否か。
これが大事なのではないか。
それを特に立憲野党の中央幹部や、それなりに影響力があるユーザーがどこまで理解しているのか。
その辺りの『薄ら寒さ』を感じずにはいられない福岡市長選挙だった。

各々が見たいものしか見ない、個人ではなく党派や立場の視点で選挙戦を見ない、対話どころか国取りゲーム・『スプラトゥーン』シリーズの『バトル』的感覚で消費されているのが選挙なんだと思わずにはいられない。
ぶっちゃけいえば、もっと多くの人が立候補し、全県・全国民が参加できるそれこそ『スプラトゥーン』や『オセロ』や『国取りゲーム』的感覚になれる地方議会・国会議員選挙の方が盛り上がりやすいのではないか。(大阪府などの関西地方はまた別の話になる)

例えば非正規労働者や未婚の中・高年層や『キモい』と切り捨てられてきた人々など、既存の政党・政治団体が取りこぼしてきた/置いてけぼりにしていないものとしてきた人たちの声なき声を拾えない、そんな人はいらない、それなら今の方がマシと思われているのではないか。

今回(2022年)の投票率は良くて40%台だろうと見ていたが、最終的には34.31%だった。
残り60%弱の人たちが『寝ている』と思ったら大間違いだと思うべきだ。

既存のメディアが、行政が、政治が、エコーチェンバー(共鳴室)状態の『ムラ社会』の中で心地よく過ごし安穏と、与野党共に己の支持層ばかり見ていて、彼らの声に耳を傾けていないだけなんじゃないか。
また、俺たちも野に埋もれた声なき声を無視してきたのではないか。

そんなことをされっぱなしで、誰が期待するというのか。
バブル崩壊〜就職氷河期〜小泉構造改革で日本の社会のポリシーとして確立した自助努力・自力救済に傾くのも無理はないのではないか。

何よりも、新人候補の皆さまや支持者の方たちには本当に申し訳がないが、『変える』メリットが福岡市民の皆さまに伝わっていなかったのでは、世論作りは失敗だったんじゃないか。
『横綱相撲』を許した責任の一端は国政・市政野党側と在福メディアにもあると言っておきたい。
どちらかと言えば国政野党を支持することが多いが、たとえ問題があるとしても積極的に首長を交代させるモチベーションは今回正直言ってなかったことは書いておく。

もう2026年の福岡市長選挙は始まっている、そう思っていただきたい。

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