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粗忽者の反省会

「落ち込んでいるときには、いい判断はできません。Aさんは、怒らないで気持ちを伝えられるようになりました。今度は、すぐに決断しない練習をしてみては。Aさんならできると思うんです。」

偉そうに。

ソーシャルワーカーの私は、精神疾患のあるケースにこう言った。

自分だって、すぐ判断しようとするじゃないか。

心の中で俯瞰の自分が自分を笑う。

Aさんは就労継続支援事業所(障がいのある人が支援を受けながら仕事をする場所)に通っているが、時々辞めたくなると電話をかけてくる。
担当の私は、その話を聴いて気持ちを受け止め、考えを整理するのを手伝う。
この日は、車をぶつけて修理に出したという報告ののち、気に入らない利用者がいるから事業所を辞めたいと相談された。

辞めて次に働ける場所を探すまで、彼は不安定になり、幻聴がいつもよりきつくなる。
ショックなことが起こると、嫌悪感を抱く脳の場所が刺激されるのか、気に入らない人への不満を訴えるケースは、結構いる。

辞めるのは、得策ではない。
一通り話を受け止め、私は彼に偉そうなことを言った。
信頼関係がないと、こんなことは反感を買って逆効果になる。

その日の夕方Aさんは、電話をくれた。
「辞めるのを辞めた。午前中だけ通って、続けてみる。無理しなきゃいいんだ。」
「よかった。すぐ決断しなかったから、いい判断ができましたね。Aさんの粘り勝ちです。」
「ありがとうな。」

人間関係ができるまでは、揺さぶられたり、試されたりすることもあるが、障害のある人と真剣に向き合うと、通じ合える瞬間がある。
彼らは、真面目で不器用で優しい人が多い。
そして、鏡のように支援する側の未熟さを映し出してくれる。

私の心の中には、すぐに原因を探して判断したがる粗忽者が住みついている。
アトピー性皮膚炎が悪化したとき、子どもが不登校になったとき、原因を探して右往左往する。
原因と思われるものを遠ざけたり、少ない情報で判断して不安になったり、予測が外れて途方に暮れたりする。
そして、後に気づく。

なんて愚かだったんだろう。

アトピー性皮膚炎の原因は、プロテインでもリンゴでも乳製品でも柔軟剤でも布団でもなかった。
子どもの不登校の原因は、無理に探さなくても良かった。それに、みつけられたからといって、子どものこわばった気持ちをほぐすことにはつながらなかった。

時が経てば、原因がわかることもある。反対に、原因がわからなくても解決することがある。
時間がたたないと、みえてこないものがあるし、世の中には、どうにもならないことだって、結構多い。

よい判断をする人は、すぐに動かない。
一見何もしていないようで、実は心の筋トレをしている。例えば、ずっとプランクをしている感じ。

そう分かっているのに、私はいまだにバタバタする気持ちを抑えられないことがある。

Aさんがすぐに判断したい気持ちを乗り越えたことに勇気をもらう。
衝動的な判断を繰り返して、自分を痛めつけてきた彼が、いつもより長い時間考えて、自分なりの答えを出し、今できる最善の判断をした。

バタバタしてしまうとき、「落ち着け」と自分に言ってAさんの今回の決断を思い出そう。
私は相談支援を仕事にしているが、担当する人たちに何度も励まされ、力づけられている。

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