死んでもいいやと思ったら、「死にたい」が薄まった
最近、死にたいとあまり思わなくなった。
別にポジティブになって生きる気力が湧いてきたわけではない。
マイナスがゼロに近くなっただけだ。
その代わり、いつ死んでも別にいいと思うようになった。
明日の朝目覚めなくても構わないし、50年後の誕生日でもいい。
どちらにせよ大した違いはない。
食べた飯と吸った煙草の量が増えるだけだ。
自分の人生はよくやったと思える瞬間が出てきた。
ハイスコアは取れなかったし、これからも無理そうだ。でも、屈辱と敗北に塗れたささやかな冒険はしてきたつもりだ。
ゲームとしてはクソゲーすぎて買い手はつかないだろうが、電源を入れたのは僕ではない。
進学、就職、結婚…どれも上手くいかなかったしこれからもそうだろう。
それでもそれなりに愛着は出てきた。この素晴らしきロクでもない人生に。
明日はまたやってられない一日だろうし、その繰り返しで老いていくのだろう。
一つ歳を取るごとにどうでもいいことが一つ増えていく。
二十歳の頃は許せなかったことが今は思い出すことすらできなくなってくる。
色々な物をひとつひとつ手放して、最後は身一つで棺桶に入るんだろう。
わからないことは増えてきた。
世の中がどんどんわからなくなってきた。
時代が変わっただけではない。
自分が何も知らないということがわかるようになってたんだ。
それでもまだまだ修行は足りないんだと思う。
僅かな快楽、幸福の保障なし、逝去の暁には永遠の安息を得る。
あの世でゆっくり休むためにも、だらだらとこの人生にしがみついてみようと思う。