知らない人に送ってしまった誕生日ファクス。
あれは、私が30代の頃。ケータイは持っていたけど、まだメール機能はなかったと記憶しているので、たぶん、20世紀のことだったと思う。
当時、付き合ってはいなかったけど、仲の良い女性がいた。ときどき電話して、たまに会って、まれに食事して。そんな関係が、大学時代から続いていた。そんな彼女が仕事で東京に転勤。会うことは、ほぼなくなったが、ときどきの電話だけは、回数が減ったけれど続いていた。
私は、もうコピーライターになっていた。小さなデザイン事務所というか、広告制作会社で働いていた。とにかく仕事に追われていた。その日も、たった一人で事務所にいた。ビジュアルは完成していた。あとはコピーだけ状態だったが、いつ書けるかわからなものを待ってもらうのが申し訳なく、明日の朝には渡すから!と、デザイナーには帰ってもらった。そんな時に思い出した。今日が彼女の誕生日だってことを。まだ、間に合う。今から書けば間に合う。
いやいや、コピーを書かなきゃ!なのに。私はワープロ(古っ!時代を感じる!)に向かって、彼女へのバースデーメッセージを打ち込んだ。まずキャッチフレーズを書き、続いてボディコピーというか、本文を書いた。我ながらよく書けた!と思った。今となっては、内容なんて覚えていないけど...。
出力されたA4用紙を持って、事務所のファクスに向かった。あの頃、月9とかのトレンディドラマ(これまた古っ!時代を感じる!)で描かれたことをキッカケに流行った“ファクスでのやりとり”を!と思ったからだ。ジジジーッ♪ ピーピロピロ〜♪どうやら、届いたようだ。時計の針は、11時30分を指していた。なんとか間に合った。 〜ひとりぼっちのオフィスより、愛を込めて〜 とかなんとか書いたので、返事のファクスが事務所に届くかも?と思いつつ、ふたたびコピーをひねり出すために、自分のデスクのワープロに向かった。
どれくらい経っただろう?ファクスが鳴った。ピーピロピロ〜♪ ジジジーッ♪ キタキタ!と思って、出力されてくるロール紙をじっと見つめていると...。その1行目に、驚かされた。「ファクス番号を、間違われているようですよ!」と出てきたじゃないか〜っ!!あちゃ〜っ...やってもうたぁ...。でも、続く2行目に、さらに驚かされた。「今から送り直せば、ギリギリ誕生日に間に合いますよ!」ですって。
そのオシャレな忠告に従い、もう一度、今度こそ!と、彼女にファクスを送った。番号を間違えないように、ひとつひとつ確かめながら、ボタンを押した。
しばらくして、またファクスが鳴った。今度は彼女からだった。「誕生日が終わろうか?っていうギリギリに送ってくるのね。まったく、○○さんらしいわ。でも、ありがとね」その文章も、彼女らしかった。
気がつくと、終電の時間を逃していた。どっちみち、明日の朝に渡す!と宣言したコピーも書けていなかったから、徹夜は覚悟の上だった。あの頃は、仕事で徹夜なんてこと、しょっちゅうあった。時代的にも、年齢からくる体力的にも、もう、そんな徹夜仕事、今はしませんけどね。なーんて言いながら、こんな時間に、事務所のパソコンで、このnoteを書いている。そろそろ帰らなきゃ。
今日が、その彼女の誕生日だった。あれから20年以上が過ぎた。彼女の電話番号は私の記憶からもスマホからも消え去ってしまったが、誕生日だけは覚えている。不思議なものだ。あと1時間ほどで、2022年の1月24日が終わる。