「いなせなセイナさん」

 東京下町区、浪花坂高校――そこは奇妙な学び舎だった。生徒たちは皆、江戸とサイバーが混ざった奇抜な世界観を当然のように受け入れている。表向きは普通の公立高校だが、校庭には巨大な祭り太鼓が鎮座し、弓道場の隣にサイバーボクシングジムが並び立つ。廊下を歩けば、畳を敷いた部室や、逆にホログラムで飾られた生徒会室がある。風紀委員は和服姿で護身用の脇差を帯び、書道部はAI筆と呼ばれる自動筆記ロボットを操る。そんな奇妙な融合が当たり前のように展開する世界で、今日もまた、ひとつの事件が勃発しようとしていた。

 「どっからでもかかってきなッ!」
 耳をつんざくような女声が、校舎裏に響く。そこには一人の女子生徒、神田セイナが立っていた。身長は平均的だが、腰には木刀を模した不思議な武器「江戸刀」を提げ、制服の上に黒い羽織をはおり、足元には奇妙なサンダルスニーカー。全体的に昭和歌舞伎町の仁侠映画の悪役がモチーフのような格好だが、それが彼女にとっては日常。三度笠風の帽子を斜めにかぶり、口には楊枝。まるで江戸と現代がぶつかり合うハイブリッドな存在。それこそが「いなせ」の血を引く神田セイナである。

 その前で鼻を鳴らしているのは、近所の不良グループ「電光アメ横衆(でんこうあめよこしゅう)」。これまた奇っ怪な集団だ。電飾が散りばめられたジャケットを着込み、十手型スタンガンを構えたり、腕にはタトゥーの代わりにLED文様が走る。
 「おいおい、セイナちゃんよぉ。今日はてめぇの持ってる“江戸魂”ってやつ、ちょいと味見させてくれよ」
 リーダー格の男がにやりと笑う。
 「アタシの“いなせ”を舐めるんじゃないよ。てめぇら下品な光り物野郎に江戸の風は重いんだよ!」
 セイナは江戸刀を一振り。鞘から抜かれた刃は青白く光を帯び、風の鳴る音が聞こえる。彼女はただ者ではない――そう周囲は思う。だが何がどう凄いのかは謎だ。ただその場の空気と彼女の威圧感が、既にギラギラとした異能バトルの匂いを発している。

 「こいつは楽しみだぜ。おいお前ら、囲め!」
 電光アメ横衆が一斉にセイナを取り囲む。校舎裏の空き地には古びた瓦屋根の倉庫と、なぜか巨大なたこ焼き機が放置されている。その上、背景には江戸時代のような木造長屋がセットのように並び、その合間に最新鋭のホログラム広告が瞬く。統一感皆無の風景。だが、それこそが浪花坂高校周辺の日常なのだ。

 セイナは不適に笑い、腰を軽く落として構える。リーダー格が片手を上げると、部下たちが一斉にスタンガン十手を振りかざす。その刹那、セイナは踵で地面を強打した。
 「いなせ風流――『神田流・花嵐(はなあらし)』!!」
 突如として巻き起こる突風。花弁のような光の粒子が舞い、電光アメ横衆の面々が次々と宙を舞う。宙返りしながら悲鳴を上げる不良たちが、たこ焼き機や木箱に激突し、「ぐえっ」「ぬおっ」と奇怪な声を上げながら地面に転がる。
 リーダー格の男だけが何とか踏ん張り、セイナに突き出すようにスタンガンを構える。しかし、彼女はすでに男の背後へ回り込んでいた。
 「これが、アタシの ‘いなせ’ だよ。おめぇらの安っぽい光り物より、江戸の粋な風は強ぇんだ!」
 ボゴンッ! 鋭い裏拳が男の背中を叩き、その衝撃波が男を前方の藁束へと投げ飛ばす。騒動は一瞬で決着した。

 「ふん、くだらない」
 セイナは楊枝を口から抜き、ぱちんと指で弾く。楊枝はくるくると回転しながら壁の隙間にスポッと収まり、不良どもは悲鳴を上げながら逃げていく。
 今日もまた、セイナは平常運転であった。
 その姿は、校舎の二階窓からクラスメイトが見ている。ギャラリーとしては、彼女を中心に日常が回っているかのようだった。

 ――チャイムが鳴る。セイナは木刀を鞘に収め、羽織を翻して校内へ戻った。

 教室に戻ると、そこには親友の鶴田ゴロウが立っていた。ゴロウは背が高く痩せぎすで、丸メガネをかけ、いかにも軟弱そうな雰囲気だが、実はAI落語研究会に所属する小粋な男だ。彼はセイナの豪快さに常に振り回されている。
 「おいセイナ、また裏で暴れてたのかよ。先生が怒ってたぞ。あとで職員室に来いってさ。」
 「うっせぇなゴロちゃん。あいつらがちょっかい出してくるからだろ。まぁいい、あとで老師(ろうし)にお茶菓子でも持っていけば手打ちになるさ」
 「老師って……教師の綽名を江戸っぽく呼ぶのやめろよ。世界史の太田先生、怒ると怖いんだからな」
 「へいへい、わかってるって。まあ、後腐れはねぇよ。ま、何とかなる。」

 そう言いつつセイナは窓際の席に腰を下ろす。窓の外では、先ほどの不良たちが警備員ロボットに叱られ、しゅんと肩を落としているのが見えた。
 「あーあ、今日は穏やかに過ごそうと思ったのになぁ。」
 「嘘つけ、セイナ。お前が穏やかな日なんてあるわけないだろ。」
 ゴロウが半ば呆れて言う。

 授業が始まる。世界史の太田老師が、江戸から明治への転換期と近未来都市の関係を妙にドラマチックに語っている。廊下には弓道部の幽霊が出るとか、屋上ではロボット三味線士が調律してるとか、どう考えてもおかしな要素があふれているが、それが当たり前になっている環境だ。

 昼休み、セイナは屋上へ。そこで待っていたのは一人の男子生徒、竹之内シン。彼はセイナのクラスメイトであり、剣道部所属。武士道とサイバー技術を融合した「サイバー剣道」のエースで、実力は折り紙付き。長身で端正な顔立ち、ややクールで寡黙なタイプだが、時折見せる微笑みが女子に人気で、セイナも何やら意識してしまう相手である。

 「よう、竹之内。昼飯はもう食ったか?」
 「いや、これからだ。お前は?」
 「アタシはさっき学食で ‘江戸前寿司風サイバーいなり’ を食ってきたぜ。なんだかLEDで光ってて落ち着かねぇ味だったがな。」
 「相変わらず変なものを食ってるな……」
 竹之内は軽く笑う。その笑みが不思議とセイナの胸にチクリと刺さる。

 屋上からは町並みが見える。高層ビルと江戸長屋風の商店街が入り混じり、ホログラム看板が通行人を呼び込む。そんな中、ひときわ目立つ巨大な提灯が揺れている。その提灯は「浪花坂町祭り」の告知だ。毎年開かれるこの祭りは、武芸、芸能、商売、あらゆる分野の競技大会が開かれる一大イベントだ。
 「今年も祭りかぁ……」
 セイナがつぶやくと、竹之内はどこか遠くを見る目になる。

 「そういえば、今年は ‘いなせ武芸大会’ が復活するんだったな。ここ数年中止になってたけど、またやるらしい。」
 「‘いなせ武芸大会’……なんかアタシの血が騒ぐなぁ。なんたって ‘いなせ’ と名がつくくらいだ。」
 「神田、お前は ‘いなせ’ って言葉に特別なこだわりがあるみたいだが、一体どういう意味で?」
 「さぁね、家に代々伝わる精神だと親父から聞かされただけさ。粋で鯔背な生き方ってのが、うちの家訓なんだと。」
 セイナは軽く肩を竦めるが、その背後で一陣の風が吹く。まるで誰かがセイナの運命を囁いているかのような、奇妙な風だ。

 午後の授業後、セイナは職員室へ呼び出される。太田老師が書類を読みながらにらみを利かせている。
 「神田、さっき裏でまた乱闘したそうだな。お前さんも毎度懲りないねぇ。」
 「いやぁ、なんていうか、あれは向こうが悪いんで……」
 「言い訳無用。今日は部活の後、校庭で清掃当番でもやってもらうよ。」
 「へいへい」
 セイナが適当に返事すると、老師はため息をつく。
 「まぁ、いいか。ところで、祭りの件で生徒たちにも参加してもらおうと思う。お前さんも ‘いなせ武芸大会’ に興味はないか?」
 「えっ、老師までそんな話を?」
 「そりゃそうさ、この町には古くから ‘いなせ’ の血脈があるという噂があってね。それを継いでいるのが神田家だって話だ。お前さん、考えておけ。」
 そう言って老師は、意味深な笑みを浮かべ、再び書類に目を落とした。

 部活の時間。セイナは正式な部活には所属していないが、「浪花坂笑芸研究会」によく顔を出す。この部活は落語、漫才、講談、そしてサイバーコントなど奇妙な笑いを追求する部だ。ゴロウが所属しており、顧問はなぜか歌舞伎研究もやっている謎の先生「金魚坂(きんぎょざか)先生」。彼は異様に派手な着物を着て目立つ存在だ。

 笑芸研究会の部室は半分が畳、半分がホログラムステージになっている。ゴロウがAI落語師ロボと稽古し、他の部員が漫才用のネタ台本を書いている最中、セイナは金魚坂先生に声をかけられる。
 「セイナ、聞いたよ。‘いなせ武芸大会’が復活するらしいねぇ。お前さん、出る気はないのかい?」
 「なんだよ、先生まで。まぁ、ちょいと気にはなるけど。」
 「はっはっは、セイナ、お前さんは ‘いなせ’ の申し子だろう? もしかしたら、その大会で家系に伝わる何かがわかるかもしれないよ。」
 「家系って……あたしゃそんなに気にしちゃいないけどね。ま、面白そうではある。」
 「あぁ、面白いさ。その大会、実は裏で ‘江戸御前同盟’ と呼ばれる流派連合が仕切ってるって噂もある。ほら、裏社会の香りがするだろう?」
 「笑いながら言うなよ、先生」
 セイナは苦笑するが、内心は妙な予感が走る。江戸御前同盟――聞いたことがあるようなないような、不思議な響き。もしかしたら、セイナの家にも関係があるのか?

 翌日、放課後にセイナは竹之内やゴロウと一緒に下町の商店街へ足を運ぶ。そこで祭りの準備が進んでおり、各種屋台や奇妙なアトラクションが組み上げられている。提灯が風に揺れ、和太鼓が電子音と混じり合う。コミカルな町内放送が流れ、「あー、今年も ‘いなせ武芸大会’ が開催されます。参加者は明日正午までに申し込みを!」と繰り返し知らせている。

 商店街の片隅で、セイナは奇妙な老人に声をかけられる。
 「お嬢さん、いなせ武芸大会に出るんだろう?」
 「え? なんだジイさん、いきなり。」
 「ほっほっほ、拙者は ‘江戸御前同盟’ の手先ではないぞ。ただの通りすがりの刀研ぎ職人だ。」
 老人は腰に小さな刀研ぎ用の石をぶら下げ、和服にサイバーレンズをはめている。
 「いなせ武芸大会は、ただの大会ではない。いにしえの ‘いなせ’ の血を引く者を選び出し、その力を覚醒させる儀式だと聞く。まぁ、噂話だがね。」
 「覚醒……?」
 セイナは怪訝な顔をするが、老人は笑って立ち去る。

 ゴロウが不安げに聞く。
 「セイナ、なんかやばそうだぞ。出るのか?」
 「怖気づくなよゴロちゃん。面白そうじゃねぇか。アタシの ‘いなせ’ がどんなもんか、確かめてやろうじゃないか!」
 竹之内が腕を組み、静かに言う。
 「俺も出ようと思う。サイバー剣道の力を試したいからな。」
 「お、ライバル宣言かい?いいねぇ、燃えてきた!」
 セイナは満面の笑みを浮かべる。

 夜、セイナは自宅に帰る。自宅は木造の古民家風建築だが、内部には最新機器が並ぶ奇妙な家。両親は今、出稼ぎで海外へ行っており不在だ。代わりに祖母がいる。彼女は壮年女性ながら実年齢不詳、白髪に和服姿で茶をたしなむ。
 「ばあちゃん、今年 ‘いなせ武芸大会’ が復活するってさ。」
 「ほう、あれはもう何年も開かれておらなんだがね。」
 「なんか、アタシが ‘いなせ’ の血を引いてるから出るべきなんて言われたよ。あたしは別に気にしちゃいないけど、出ようかなと思ってる。」


 祖母はしばらく黙った後、湯呑みに口をつけた。
 「セイナ、お前は神田家が何を背負っているか、まだ知らぬだろう。‘いなせ’ とはな、ただの粋な心意気ではない。そこには古来から伝わる不思議な力があると言われておる。」
 「へぇ、力ねぇ。」
 セイナは興味なさそうだが、祖母は続ける。
 「神田家は、江戸の昔から ‘いなせ’ の魂を受け継ぎ、町を守ってきた。その心意気は人を惹きつけ、風を操り、時に不思議な奇跡を起こすとされている。お前が昨日の不良退治で使った ‘花嵐’ も、その力の断片かもしれんね。」
 「そんな大層なもんかね。」
 セイナは肩をすくめる。
 「まぁいいさ。出るんなら存分に暴れてくるがいい。ただし、気をつけなされ。‘いなせ武芸大会’ は試練に満ちている……そして、‘江戸御前同盟’ は単なる噂話ではない。奴らは ‘いなせ’ の力を狙っている節がある。」
 「ばあちゃんがそういうと、なんか本当っぽいな。」
 「気をつけるのだよ、セイナ。」
 「わかったよ、ありがとな。」

 翌日。祭りが始まる。露店が立ち並び、仮装した人々が踊り、サイバーからくり人形が通りを練り歩く。いなせ武芸大会への参加者受付所には奇妙な行列ができている。和装にマントをはおった剣士、サイバーヤリを持つ武芸者、オカメのお面をかぶった柔術家など、見るからに強者揃いだ。

 セイナと竹之内は並び、参加届に名前を書く。
 受付をしているのは狐面をつけた女性で、彼女は物静かな声で、
 「参加者は午後より予選を行います。命の保証はしませんが、よろしいですね?」
 と、さらっと物騒なことを言う。
 「おいおい、穏やかじゃないな。」
 セイナは苦笑するが、竹之内は黙ってうなずく。周囲の参加者たちも、特に驚いた様子はない。命がけの試合が当たり前なのか? ジャンプ的世界観、恐るべし。

 予選会場は校庭を改造した特設リングだ。神社風の門が立ち、周囲には観客がびっしり。MCは町内放送のおじさんと、謎のメイドロボが務めている。
 「さぁ、今年復活の ‘いなせ武芸大会’、まずは予選Aブロック!参加者は10名、一斉乱戦バトル!最後まで立っていた3名が本戦進出だ!」
 「おっと、乱戦か!」
 セイナは気合いを入れ、竹之内も木製のサイバー剣を起動し、刀身が青く発光する。

 ゴングが鳴ると同時に、参加者たちが入り乱れる。飛び交う蹴り、剣撃、謎の光線攻撃、さらには風を操る者や、磁力で相手を拘束する奇人までいる。セイナは軽快なステップで攻撃をかわし、カウンターを入れて次々と相手を倒していく。
 「おっと、そこの着ぐるみ野郎、甘いぜ!」
 着ぐるみ姿で奇声を上げる男を一本背負いで投げ飛ばし、他の相手には江戸刀で相手の武器を弾き落とす。
 一方、竹之内は正面から突きと斬撃を織り交ぜ、剣道の型とサイバー強化した反応速度で相手を圧倒する。

 乱戦の中、ふとセイナは狐面の奇妙な男と目が合う。参加者の中に混ざっているそいつは、静かに見つめているだけで動かない。
 「おい、戦わねぇのかい?」
 声をかけると、男は微笑む。
 「いなせの血、ここにあり、か……」
 意味深な言葉を残し、男はどこかへ消えるように跳躍する。まるで幻だ。

 混戦を制し、最後に残ったのはセイナ、竹之内、そしてもう一人、巨漢の浪人風男。三人は本戦進出が決まる。観客が湧き、セイナは拳を突き上げる。
 「よっしゃ、アタシら合格だ!」
 「まだ始まったばかりだぞ、浮かれるな。」
 竹之内がクールにいさめる。

 本戦は明日行われるという。セイナたちは一旦解散し、夜の祭りを楽しむことにする。ガラクタ市や奇妙な占い師、全自動たこ焼きロボなど笑いを誘うものがいっぱいだ。ゴロウも合流して、三人で食べ歩く。

 夜空には花火が打ち上がり、江戸風情の屋台から昭和歌謡が流れる一方、ホログラム広告が「江戸魂ビール」なるものを宣伝する。セイナはビールは飲めないので、ラムネを買ってゴロウと竹之内と乾杯した。
 「カンパーイ!」
 ゴロウがノリノリで、竹之内は少し照れている。

 その時、セイナの背後を黒装束の影が横切る。
 「あいつは……?」
 セイナが振り返ると、そこには先ほどの狐面の男が路地裏に立っている。
 「ちょっと行ってくるわ。ゴロウ、竹之内、先行ってて。」
 そう言ってセイナは路地裏へ入る。

 狐面の男は静かに囁く。
 「神田セイナ、お前は ‘いなせ’ の継承者だな。」
 「なんだお前さん。さっきから気持ち悪いぜ。」
 「江戸御前同盟は、お前の力を奪おうとしている。気をつけろ。明日の本戦で、真の敵が姿を現す。」
 「敵? 奪う? おいおい、いきなりホラー路線かよ。」
 「信じるかは自由だが、覚えておけ。‘いなせ’ の力は、ただの武芸ではない。その血筋は時空を超え、江戸の守護神たる力を秘めている……」
 男はスッと姿を消した。残されたのは狐面だけ。まるで挑発するかのように、地面に転がっている。

 「江戸御前同盟、か……。確かに気になるな。」
 セイナは狐面を手にとって睨む。

 翌日、本戦会場は町の中心部に設営された巨大リング。周囲には行司ロボ、解説のAI浮世絵師、ジャッジドローンが飛び交う。参加者は12名まで絞られ、トーナメントで優勝者を決めるという。

 セイナの初戦の相手は、昨日の巨漢の浪人風男「稲荷谷(いなりや)コウタロウ」。豪腕を振るい、巨大な薙刀サイバー刀をぶん回す男だ。
 一方、竹之内は女忍者風の参加者「霧野(きりの)ツバメ」という技巧派と戦うことになった。

 試合が始まる前、セイナは狐面を懐に忍ばせ、集中する。もし敵がいるなら、ここで姿を現すかもしれない。

 ゴングが鳴る。コウタロウは咆哮を上げ、薙刀を振り下ろす。その一撃は地面を砕き、粉塵を舞い上げるほどの力。セイナは間一髪で回避。
 「でけぇな、お前は。」
 「ふん、いなせの血など知ったことか。俺は力でねじ伏せるのみ!」
 コウタロウは正面突破型、セイナは身軽さと風を操る技で対抗する。だが、そのパワーは凄まじく、セイナも防戦一方に。

 周囲の観客が悲鳴を上げる中、セイナは一瞬目を閉じ、自分の内なる力に問いかける。
 「いなせの魂……アタシに力を貸しな!」
 すると、微かな風が周囲を包み、セイナの江戸刀が紫色に輝き始める。
 「花嵐、再びッ!」
 華やかな残像が舞い、セイナはコウタロウの懐に一瞬で入り込む。コウタロウは驚く暇もなく脇腹に強烈な横薙ぎを受け、巨体が揺らぐ。すかさずセイナは裏拳、回し蹴り、連続攻撃を叩き込む。

 「うおおおっ!」
 コウタロウが倒れ込むと、ジャッジドローンが勝者を告げる。セイナは一回戦突破だ。

 同時に、竹之内の試合も進行中。忍者のツバメは瞬間移動のような動きで翻弄するが、竹之内は冷静に攻撃軌道を読み、木剣でカウンターを入れる。最後は脇構えからの突きが決まり、ツバメは脱落。竹之内も勝ち進む。

 二回戦が始まる前、休憩時間にセイナは控室で狐面を見つめる。
 「お前さんの言う ‘真の敵’ はいったいいつ出るんだ?」
 その時、何者かが控室に忍び込む気配。セイナは咄嗟に身を翻すと、そこにいたのは黒装束の刺客。
 「江戸御前同盟からの刺客か!」
 「くっ、気づかれたか!」
 刺客は煙幕を投げ、セイナに襲いかかる。刀同士が交差し、火花が散る。

 「ここは選手控室だぞ。卑怯な真似をしやがって!」
 「黙れ ‘いなせ’ の継承者、その力を我らが頂く!」
 セイナはニヤリと笑う。
 「頂けるもんなら頂いてみやがれ!」

 激しい立ち回りの末、刺客は窓から逃走する。残されたのは手がかりゼロだが、これで確信した。江戸御前同盟はセイナの力を狙っている。
 「やっぱり厄介事かよ。けど、退くわけにはいかないね。」
 セイナは拳を握りしめる。

 二回戦、セイナの相手は妖艶な女武芸者「紅桜(べにざくら)」。彼女は扇子型のサイバー武器を操り、色香で相手を惑わす。その攻撃は幻術を伴い、セイナは一瞬クラクラする。
 「おいおい、こんな色っぽい攻め方は反則だろ!」
 観客がどよめく中、紅桜が色香たっぷりにささやく。
 「ねぇ、セイナちゃん。あなたの ‘いなせ’、私に預けてみない?」
 「やなこった!」
 セイナは鼻で笑い、腰を落として踏ん張る。

 紅桜は幻術の中でセイナを翻弄するが、セイナは自分にビンタして気合いを入れ、幻覚を振り払う。
 「アタシが惚れるのは腕っぷしの強いヤツだけさ!」
 強烈な足払いで紅桜を崩し、続けざまに打撃を叩き込むと紅桜は悶絶。
 「くっ……」
 勝負あり。セイナ、準決勝進出。

 一方、竹之内も勝ち進んでいる。剣を極めた彼は、相手がどんな奇天烈な武器を使おうが冷静に対処する。その姿は凛々しく、セイナは思わず「かっこいいじゃん」と頬を染める。隣で観戦していたゴロウがニヤニヤ笑う。
 「おいゴロちゃん、にやけんな!」
 「別にー。恋愛っぽい空気を感じただけだよ。」
 「はぁ? そんなわけあるか!」
 セイナは照れ隠しにゴロウの肩を小突く。

 準決勝、セイナの相手はあの狐面をかぶった男。いつの間にか出場選手に紛れ込んでいたらしい。
 「お前……あの路地裏で会った奴か!」
 「ふふ、わたしは ‘鬼狐(きこ)’ と名乗っておこう。お前に忠告してやったが、さてどう動くか。」
 「はぁ?お前味方じゃなかったのか?」
 「勝負の世界に味方も敵もない。お前が ‘いなせ’ の力を正しく使えるか試させてもらう。」
 鬼狐はクルリと宙を舞い、煙とともに分身を生み出す。

 分身の攻撃が一斉に襲いかかり、セイナは防戦に回る。
 「なんつー手数だ! 本物はどれだ?」
 観客が息を呑む中、セイナは心を静める。風を感じろ、風を。
 「いなせ風流――‘江戸前風鈴(えどまえふうりん)’!」
 彼女が刀を振ると、透明な風の球が周囲を巡り、分身たちが一斉にかき消える。現れた本物の鬼狐は驚いたような表情になる。

 「ほう……やるな!」
 激しい一撃の応酬。鬼狐は足技と短刀で鋭く攻め、セイナは柔軟な体捌きでかわし、カウンターを入れる。最後にセイナが渾身の突きを放つと、鬼狐は地面に崩れ落ちる。
 「お前は ‘いなせ’ を正しく使える者だ……」
 そう言い残し、鬼狐は失神。

 セイナ、決勝進出。

 もう一方の山では竹之内が勝ち上がっていた。決勝戦はセイナVS竹之内。
 「運命ってやつかな。」
 セイナは苦笑し、竹之内は静かに微笑む。
 「今こそ決着をつけよう。お前の ‘いなせ’ 対、俺の ‘サイバー剣道’。」
 「上等だ!」

 決勝戦。当たりは夕暮れ、空が紫と赤のグラデーション。提灯が揺れ、観客が総立ち。二人は中央に立ち、礼を交わす。周囲には奇妙な静寂が訪れる。ゴロウは祈るように見つめている。

 先に動いたのは竹之内。高速の踏み込みで斬り込む。セイナは紙一重でかわし、反撃を試みるが竹之内の防御は鉄壁。音もなく繰り出される突きがセイナの肩をかすめ、痛みが走る。
 「さすが竹之内、甘くねぇな!」
 「お前も強い、セイナ。」
 二人は言葉少なに切り結ぶ。

 激しい鍔迫り合いの中、セイナは竹之内の瞳を見つめる。その瞳には不思議な決意が宿っている。何かを確かめるように、彼は闘っている。
 「お前、なんか企んでるのか?」
 「いや、ただ……お前が ‘いなせ’ の何たるかを証明してくれるか知りたいだけだ。」
 「竹之内……」
 セイナは動揺しかけるが、踏み止まる。

 打ち合いは加速し、火花が散り、風がうねる。セイナは再び ‘花嵐’ の構えに入り、竹之内は剣先を微妙にずらし、一点突破を狙う。

 「いなせ風流――‘町火消(まちびけし)の豪風!’」
 セイナが新たな技を繰り出した。腰を低くし、一気に駆け抜ける動作とともに突風が起きる。竹之内は一瞬バランスを崩し、その隙をセイナが逃さず強打!
 「ぐっ……!」
 竹之内は膝をつくが、ここで終わらない。驚いたことに、竹之内はニヤリと笑い、懐から小さな折り紙のようなサイバーガジェットを取り出す。その瞬間、観客席の一角で怪しい人影が動く。

 「お前、そのガジェットは?」
 「すまない、セイナ。これは ‘江戸御前同盟’ から渡されたものだ。」
 「なんだと?」
 セイナは息を呑む。

 まさか、竹之内が江戸御前同盟と繋がっていた?
 「俺は、お前の ‘いなせ’ の力がどれほどのものか確かめろと言われた。だが、今気づいた。そんなものは必要ない。お前はすでに、十分強い。俺はもう奴らに加担しない。」
 竹之内はガジェットを地面に叩きつけ、粉々にする。

 すると、観客席から黒ずくめの集団が乱入。江戸御前同盟の正体が姿を現した!
 「やはり出たか!」
 セイナはリングを飛び降り、観客を巻き込ませないよう路地へ誘い出す。竹之内も後を追う。

 「神田セイナ、‘いなせ’ の力を渡せ!」
 同盟の首領らしき男が叫ぶ。手には奇妙な巻物があり、そこには「いなせ秘伝」と書かれている。
 「バカ言ってんじゃないよ、この江戸前トンチキめ!」
 セイナは仲間や町を守るため、そして自分自身の力を正しく使うため、正面から挑む。

 ゴロウも合流し、笑芸研究会メンバーが素人芸で陽動し、竹之内が剣で下っ端を一掃する。セイナは首領と対峙し、激しい殴り合い。首領は妖術のような術でセイナを縛ろうとするが、セイナは必殺の‘花嵐’でそれを吹き飛ばす。

 「くっ……これが ‘いなせ’ の血の力……」
 首領がうめく中、狐面の鬼狐がどこからか現れる。
 「やはりお前ならやれると思っていた。首領、お前らの時代は終わりだ。」
 鬼狐は首領を連れ去り、その場から消える。まるで次回への伏線を残すように。

 残ったセイナたちは混乱の中、祭りの関係者が駆け寄る。
 「優勝者は神田セイナ! そしてその力は、この町を救った!」
 歓声が上がり、花火が再び打ち上がる。

 セイナは竹之内と視線を交わす。
 「お前、最初はグルだったのかよ。」
 「済まない。だが、お前の強さと心意気を見て、俺は考えを改めた。もう二度と裏切らない。」
 「信じていいんだな。」
 「もちろんだ。」
 竹之内が微笑み、セイナは少し赤くなる。

 ゴロウが茶々を入れる。
 「おいおい、なんかいい雰囲気じゃないか?」
 「うるせぇ、ゴロちゃん!」
 笑いが起きる。

 祭りが終わり、セイナは祖母の家に戻る。祖母は穏やかに微笑んでいる。
 「見たか、セイナ、お前は ‘いなせ’ を己の心で解き放った。町を守り、人を惹きつける。お前は真の ‘いなせ娘’ だ。」
 「照れるじゃねぇか、ばあちゃん。」
 セイナは鼻をこすり、はにかむ。

 外では、まだ風がそよそよと吹いている。その風は、次なる冒険を予感させるようでもあった。

 ――夜更け、セイナは屋根の上に腰を下ろし、遠くの空を眺める。
 「江戸御前同盟……あいつらはまだ終わっちゃいないはず。これから、もっとでかい戦いになるのかもな。」
 その時、闇の中で狐面がひとり、屋根からセイナを見下ろしていた。鬼狐か、それとも別人か。
 「さぁ、次はどんな ‘いなせ’ な騒ぎが待ってるのか、楽しみだぜ。」

 こうして、「いなせなセイナさん」の冒険はまだ始まったばかりだ。
 笑いと喧嘩、ちょっぴりの恋の風が吹き込む江戸と未来のはざまで、彼女は今日も粋に、鯔背に駆け抜ける――次なる戦い、そして新たな謎が、その風の向こうに潜んでいる。
<了>

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