文章には人となりが現れるっぽい。だからこそ自分の納得する書き方を見つけたい。
さてさて、昨日から始めたnoteを本腰入れて毎日書くという取り組み「執筆観察」
毎日書いて何を得られるのか?という執筆を通して自己観察する試み「執筆観察」です。
さっそく、何を書くべきかに迷ってはいるのですが、
(元々、今現在執筆迷走時期につき挫折という名の崖っぷちにいるような状態です)
最近なんとなく思っていることを今日は書いてみたいと思います。
それが
文章には人となりが現れるについてです。
その人の書いた文章を読めばなんとなくその人の人となりが見えてくることがあります。
ここはあくまでも気がするレベルに留めておきます。
実際のところ長く一緒に住んでいる人であっても、そんな一面もあったのかと知らなかった一面に驚くことがあります。身近な人であってもそんな驚きがあるのに、顔も知らない人たちの文章を読み、その人自身を知るなど不可能と思うくらい容易なことではありません。
文章を読むと人となりをなんとなく感じるが、その人自身を知ることは簡単ではない
自分自身もそうです。
こんな一面があったのかと思い知らされることが多々あります。
人は深層心理のどこかで、まだ言葉に表現できていない思いや考えを沢山持っており、それを掘り起こすことで実に多くの気づきが起こります。
あ〜、自分はそう思っていたのか、そうだったのか、といったように。
自身を知ることもまた簡単ではありません。先に述べた通り、心の中には言葉に表現できていない思いが沢山眠っているからです。
自分が書いた文章を改めて眺めてみました。
文章は人となりが現れる…
つまり、文章は書けば書くほど自分自身を裸にしていくってこと…なの…か?…
キャー〜
文章を書くってある意味、露出狂と一緒じゃん…
と大袈裟に言ってみるものの…
そこから得られるものは大きいです。
これは五万と存在する多くの「noteを毎日書き続けて分かったこと」といったようなnote記事に書かれているので、あえて詳しく触れることはありませんが、簡単に言えば
書くことは自己成長につながるからに他なりません。
その成長をより多く掴んでいくことをこの「執筆観察」では実現したいと思っているのですが、それを独りよがりにしてはいけないと考えています。読んでくれた人にも、自分のためにもそれは良くないと思うからです。
だからこそ、僕の書き方は、アドバイス的要素やHowto的な書き方になってしまうのかもしれません。随所にそういう文章の書き方が紛れ込んでしまいます。
しかし
とあるnoterさんの記事を読んだ時に、それは自分の書きたい文章スタイルではなかったことに気付かされます。
「人となりは文章に現れる」を意識してその人の文章を読んだことで、自分には持ち得ていない書き方をしていることが見えてきました。その書き方がとても魅力的に見えたのです。
課題も見えてきます。
自分の嗜好性と書きたい文章スタイルが違うこと。
誰かの人となりを知ることはその人の文章スタイルに触れることでもあり、それがとても面白くて、色んな方の記事を読ませてもらっています。
自分の理想とする文章スタイルを作り出すことができたならば、さらに書くことが好きになるのは間違いありませんからね。
執筆観察 1回目
今回の気づき
自分の書き方にどんな特徴があるのか気づくこと
自分の書き方は自分の理想に叶っているかを知ること
2つの間に差異があれば成長の兆しがあるということ
次の課題
誰でも自分の書き方に気づくことができるのか?
自分の理想的な書き方を知るには?
好みの書き方をどうすればより理想に近づけられるのか?
ここまで読んでいただきありがとうございました。また、明日も考察進めたいと思います。
このnoteはみなさんのスキやコメントが励みになって続けられています。 ありがとうございます。