
紀行文:ジョン・ロック晩年の住まいとお墓を訪ねて(2)
17世紀の思想家ジョン・ロックの晩年の住まいと彼が埋葬されている教会を訪ねる旅の2回目です。
旅行の手配はいつもすべて彼女がやってくれていました。
ロック晩年の住居と葬られている教会への行程は、次の通りです。
地下鉄のビクトリア・ラインでトッテンハムヘイルの駅に行き、そこで鉄道(アングリア)に乗り換え、ハロー・ミルで降りる。ハロー・ミルの駅からシティ・センターであるオールド・ハローまで歩く。郵便局前のバス停で47番のバスに乗り、ハイ・レイバーの村のAll Saints教会前で降りる。
地下鉄から鉄道の駅の乗換駅トッテンハムヘイルでは、どの路線がハロー・ミル行きかが分からず苦労しました。例えばリヴァプールだとかマンチェスターだとかの大都市行きだと掲示もはっきりしているので路線も分かりやすいのですが、ハロー・ミルのような小さな駅だと路線を探すのが大変です。
バスが来ない
何とか鉄道の駅ハロー・ミルで降り、そこから目的地近くまで行くバスが出ている、オールド・ハローの郵便局前のバス停まで何とか辿り着きました。バス停なのですが、1時間以上待ってもバスが一台も来ないのです。それで、グーグルマップを使って、目的地の方面へ歩いて向かったというのが、前回の話でした。
三叉路で立派な樫の木を見つけ、それが、1901年、在位63年、81歳で亡くなったヴィクトリア女王を引き継いで王位に即いたエドワード7世の戴冠を記念して植樹されたブリティッシュ・オークでした。樹齢110年以上になるはずです。


バス停 The Green Man
この三叉路のバス停の名前がグリーンマンです。

バス停の標識にある、47番が目的地行きのバス路線です。
ここでも30分以上待ちましたがが、一台のバスも通らないのです。結局、この地でバスは一台も見かけませんでした。
ということで本日の話題は、バス停の名前グリーン・マンについてです。
グリーン・マン (Green Man, Greenman)
グリーン・マンという名前が面白いと思ったので、手元にあった英語辞書や事典類を調べましたが、全然出てきません。唯一、『ブルーワー英語故事成語大辞典 Brewres's Dictionary of Phrase and Fable』(E.C.ブルーワー、大修館書店)に説明がありました。
Green Man 緑の人、このありふれた居酒屋の看板は、多分、青葉のジャックJACK IN THE GREEN か森林監督官のどちらかを表したものであろう。森林監督官はロビン・フッドのように、かつては緑の服を着ていたのである。
2時間以上も辞書を漁った成果がこれです。
青葉のジャックという、今は廃れてしまった遊びか、あるいはロビン・フッドのように緑の服を着ていた森林監督官を示しているそうです。
なんとなくしっくりこなくてネットを検索しました。
一番しっくりきたのは、ウィキペディアのグリーンマン (Green Man, Greenman)の説明です。
中世ヨーロッパの美術に現れる、葉で覆われた、あるいは、葉で形作られた人間である。主にロマネスク建築やゴシック建築の柱や壁に彫られる彫刻のモチーフとなる。顔や体が葉で覆われるだけでなく、口などから蔦が生えていることもある。
ロマネスク期のグリーンマンは表情が硬くパターンも限られているが、ゴシック期のものは、より写実的で表情も豊かである。設置される場所は主に教会の門、天井の要石、柱頭、コーベル、聖務共唱席などに多い。
グリーンマン自体の神話伝説はほとんどない。キリスト教以前のケルト神話などの、森林・樹木へのアニミズムの名残で、ケルト神話のケルヌンノスやローマ神話のシルウァーヌスと関係があると考えられている。
グリーンマン自体の神話伝説がないというのが、紙の辞書で調べた時に出てこないことの理由のような気がしました。
画像も検索したのですが、パブリック・ドメインのように著作権フリーのコンテンツがなかなか見つかりませんでした。

イギリスの田舎に行くと、どこでも樹齢を重ねた立派な樫の木(オーク)と出会います。15世紀の終わり頃から始まるエンクロージャー(囲い込み)運動によっ木々が伐採され、羊の放牧場に変わるまでは、イギリスは鬱蒼とした森に覆われていました。
バス停グリーン・マンは、森林監督官よりは、葉で覆われた人間というグリーン・マンの方がしっくりくるような印象を持ちました。