治療と私とドリップコーヒー
ミレーナ、という治療をご存知でしょうか。
婦人科の治療です。スティック状の器具を子宮に入れる事で黄体ホルモンを体内に継続的に供給し、避妊や月経困難症治療に効果があるそうです。私は子宮内膜増殖症という診断を受け、それに伴うそこそこ深刻めの貧血の診断を受け、この治療を勧められました。約1万円かかるということで、勧められたその時はびびって一旦見送り、よくよく検討してから受けることを決めてその翌月から治療を始めました。
ところがこの治療がものっすごく大変で。常時不正出血状態だった私は器具挿入のために一旦生理を起こさねばならず、ホルモン剤を服用。その時点で経験した事ないレベルの重いPMSに見舞われ、仕事も生活もしっちゃかめっちゃか。服用が終わるとちゃんと生理がきたのですがその生理ががっつりと重い。元来生理痛が軽めな、そしてここ数年は常時不正出血状態だったせいでまとまった生理を経験していない私には、あまりにも不慣れな重さ。ずっと痛いずっとしんどい。そうしてようやく生理が終わり。ああ地獄から解放されたなと思ったのも二日程度。終わって三日目あたりからがたーんとメンタルと体調が崩れました。これもホルモンの影響なんでしょうか。うつ病が一番しんどかった時期に匹敵するぐらい具合悪くて何もできない。のですが、生理が終わったならいよいよ本番であるミレーナの器具挿入をしに行かねばならず。吐き気を抑え込みながら婦人科へ赴いていざ挿入。これがまた痛っっっっっったい。ものすごく痛い。終わった後も立ち歩きが難しいレベルで痛い。お産の経験がないのでどうしても痛みがあって、と終わった後に繰り返し医者に言われたんですがそんなに経産婦前提の治療なんですかこれ。そんな話今初めて聞いたんですけど。前もって言っておいたりしてくれたら鎮痛剤飲んでおくとかできたんですけど。
そんな訳で。終わりましたのでとぽいっと病院を放り出された私に、残されたのは動くのが難しいレベルの重い腹部痛。事前休に無理矢理ねじこんだから遠いところにある睡眠科とはしごしなくてはならず、時間がなかったのでお昼も食べれていない。どうにか適当に食べて、帰って……自宅のパソコン椅子で放心してた私は、治療直後よりはマシになったとはいえまだまだ続いてる痛みの中で思いました。なんでもいいから。何か心地いい事がしたい。
そうだ。もうこんな日は。
夜だけどドリップコーヒーだ。
朦朧としながら立ち寄ったカルディで、買って帰ってきたドリップコーヒー。前々からこの治療の後には病院近くにあるカルディでドリップコーヒーを買って帰ると決めていたのです。とはいえ、冷静になった今振り返るとそんな無理しないでもよかったんじゃないかと思いますけど……。通販もできるんだし。
右の水色のが最近買ったBRUNOのステンレスデイリーケトルなんですが。注ぎ口が細いんですよ。コーヒーを淹れるのにぴったりな細さ。元々紅茶を淹れる為に買ったので注ぎ口はあまり意識せず買ったんですが、手元で改めて見てみるとこの注ぎ口でコーヒーを淹れてみたくなる。とはいえ、うちにコーヒーを淹れる器具はなんにもない。なのでドリップコーヒーから、始めてみました。
上の口をぴりぴり破いて、紙のフックをカップにかけて……全てが不慣れ。パックの裏の淹れ方説明書と何度も見比べながらこわごわ作業を進めていく。でもこの時点ですごくいい香りするんですよね。コーヒーの良い匂い。ちょっとしたアロマ効果があって、この時点でも今やってよかったな……と噛みしめてました。
少量お湯を入れて20秒蒸らす……まって少量ってどのぐらい?結構お湯入っちゃったが大丈夫か?でもカップの底を見てみるとコーヒーが出てきてる様子はないのでこんなもんなのかな。いつも紅茶に使うタイマーで20秒きっかり測って……あとはいざ。お湯を注ぐターン。
ケトルからお湯を注ぐと一層良い香りがあたりに漂いました。うわすごく良い香り。そして注ぎやすい。前にも一回だけドリップコーヒーを試した事があるんですけど、その時はやかんしか持ってなかったのでコーヒー粉に少しずつお湯を注ぐ事が難しく、頑張って調節しようとするとやかんを伝ってお湯が零れてキッチンがびちゃびちゃ。二度とやらんこんなん、と投げてしまったのを覚えています。注ぎ口が細いと安定して丁度いい量を注ぐ事ができる。そして香りを楽しみながら、コーヒーがカップに溜まっていくのをゆっくり待つ……。あ、楽しい。これは楽しいな。癒される。
コーヒーって、淹れる過程こそが醍醐味であり沼だと聞いた事があります。それがちょっとだけわかった気がする。このゆっくりコーヒーを淹れている時間すごく落ち着く。紅茶は個人的にはあんまり淹れている時間をゆったり楽しむという感覚がないので(茶葉にお湯注いでタイマーセットしたら全然目を離して別の作業してますしね)コーヒーって淹れるのめんどくさいなぁと長年思っていたのですが。そうか、コーヒーってこういう娯楽だ。その一端を味わった気がしました。今この瞬間の私に、必要だったひとときだ。
袋に書いてある通り2・3回お湯を注ぐと、できあがったのがこんな感じの量。こんなもんか?もうちょっと注いだ方がいい?でも袋には140cc目安と書いてあったので、多分こんなもんじゃないかな……。そう信じてドリップパックを別のカップに移します。SMCマグからゆめおマグにどーん。さてお味は……と一口飲むと。じわ、とその味が身体に染み渡りました。
うま……うまい……。ちょうどいい苦味と甘み、そしてくっきりとした良い香りが染み渡る。浅煎りが苦手なので中煎りを選んで買ってきたんですけど、まさにばっちりチョイスだったようです。これこれ。こういうのが好き。苦かったら入れようと思って横に牛乳もスタンバイさせていたんですが、全然いらなくてそのまま飲み進めてしまいました。こうして飲む度に自分は意外と、ブラックコーヒーが好きなのだなと再実感します。
あったかくてほろ苦いコーヒーに浸っていると、じわっと涙が出てきそうになりました。治療、しんどかったなぁ。治療って孤独な戦いだ。診断はつくしこれ飲んでねあの検査受けてねとは言われるけれど、その結果起きる様々な体調の波は誰も助けてはくれない。病気の当事者である私が必死に頭を回してスケジュール管理をして、様々な工夫をしながらどうにか仕事をして、具合が悪くてもがんばって病院に辿り着かないといけない。自分の身体の事なんだからあなたしかやれないでしょ当たり前でしょって思われるかもしれないけど。自分の身体に起きる様々な不調や病気は、私がよし起こすぞと思って選んで起こしてる訳ではなくて。いわばある日どこからかぽんっと降ってくるようなもので。誰のせいでもないけれど、たぶん私のせいでもない。そんな天災みたいなものと孤軍奮闘していくのは、やっぱり辛かったなと、思うのです。
よくがんばりました、私。美味しいコーヒーに浸りながら、そんな事をじんわり思います。孤軍奮闘なんて言ってるけど本当に誰の助けも借りれなかった訳じゃない。そもそも平日に休みを貰って病院に行けてるのは職場からの助けだし、しんどい時に通話してもらえたのは友人からの助けだし、治療費で首が回らなくなりかけた生活費を援助してくれたのは父からの助け。私はたくさんの助けを貰って治療ができている。それは本当。とてもとても恵まれてるし、ありがたい。けど、今。この瞬間の痛みや具合悪さ、そしてそれをどうにか抑え込んで治療や仕事のために、病気の身体を動かさなきゃいけないこと。これらはやっぱり、独りの戦いだと思うのです。
それがこの先も病気と相対する度ずっとそうなのか、そしてそれは私の工夫や社会の工夫で変わったりするのか、今の私にはわかりませんが。
とりあえず今日まで戦った分。大変だったしお疲れ様でした、私。