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レディース服のアパレル店員が男性顧客に気に入られた話

私は子供を産む前、10代後半〜20代前半をメインターゲットとしたアパレル店で副店長をしていた。
ある時他府県の経営が思わしくなく、売り上げを立て直してきてほしいと人事に言われ、異動になったことがあった。

アパレル店員の異動でつらいのが、顧客と離れてしまうことだ。私の働いていた店は個人ノルマがあり、その達成率によってわずかだが報酬が増える制度だった。近場での移動なら顧客もついてきてくれることがあるのだが、私の場合他府県だ。そして通勤はなんと片道1時間半超え。新たに顧客を作るしかなかった。

ファッションビルからイオンへ

もともと働いていた場所はファッションビルで、大学生や社会人になりたての子達が多く来る場所だった。だが、移動した先はイオンモールの中。それはつまり、客層が今までと全く違うことを意味する。家族連れがメインになった。

初めての男性顧客

移動してしばらく経ち、一緒に働くメンバーの顧客がどの人かを把握するようになった頃、男性でよく店に来られる珍しいお客さんを紹介された。
会社を経営する社長(以後Aさん)だった。
Aさんは既婚でお嬢さんが2人、時々家族でお買い物に来られていた。

Aさんは1人でもよく来店され、多い時では連日お会いした。そして、お嬢さんや奥さんのお洋服を買っていかれた。修学旅行前ともなれば「〇〇へ行くらしい。見繕ってくれ。」と依頼され、一式ご購入ということもあった。
個人ノルマがある我々からすればありがたいお客さまだった。

知ってはいけないプライベート

そしてある日、Aさんは初めて見かける若い女性を親しげに連れて来店された。

いつも通り挨拶を交わしたら「この子を全身コーディネートしてくれ。着替えた服を入れる鞄も含めて。」と頼まれた。

私はその女性に話しかけ、好みなどをひとしきり聞き取った後、いくつかお洋服を手にして試着室へ案内した。
Aさんとその女性は着替えた後ほんの少し話をして、じゃあこれをと全部お買い上げになったのだが、着替えたままでタグを切り取って、その服を今から着て行くとのことだった。

お客様が気に入った服を着たまま行かれるのは珍しくない。
ただ、このただならぬ2人の雰囲気から私は察してしまった。私は不倫現場に居合わせてしまったのだ。

奥さんもお嬢さんも知っている身からすれば、気まずい以外の何者でもなかった。
時折聞こえる会話から、お二人は宿泊されたあと出勤をするのに、同じ服ではいけないからという理由で来店されたようだった。

そしてお会計が終わりお見送りした。

他のスタッフからも興味ありげに「今の人は?!」と聞かれたがしれっと「会社の方みたい」と答えてその場を終えた。

アイコンタクトで察する関係

それから数日後、またAさんは来店された。
しかし今度はご家族でだった。
先に目があったAさんは「久しぶりやなぁ!」と、目配せしながら私に声をかけられた。
(あ、こないだのは伏せておくべき)と察した私は「お久しぶりですね!」と話を合わせた。
数日前にもあったにも関わらず。

そこからは話を合わせて、お買い物にいつも通り付き添い、お見送りをした。私は共犯になったようで、少し複雑な気持ちだった。

そしてそれからというもの、私は何度かその嘘に協力することになった。


しばらくそのようなやりとりが続き、ある日Aさんから電話番号を聞かれてしまった。これはまずい。顧客としてはありがたい存在だが、プライベートに足を踏み入れられては困るのだ。

会社からプライベートの電話は教えられない決まりで、とお伝えして丁重にお断りした。

早めにきちんと断ったのが功を奏し、それからも私とAさんは顧客と販売員という明確な距離を保った。


異動して半年が経ち、売上が上がってきたこともあって私はまたいた店舗に戻れることになった。

Aさんにもそのことを伝えたら、出勤の最終日に大きな花束をもらった。「いつもありがとうございました」と伝え、「さみしなるなぁ!」と惜しまれつつ、無事に私は異動先での希有な仕事を終えた。


後にも先にも、私がお客様の不倫の片棒を担ぐことはないだろう。
なんとも不思議でレアな体験だった。


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