VOL. 08 隠された絆
02月22日(月)
■朝の井の頭公園駅前
改札を出た羽村先生の足元に落ちてくる定期.
定期を拾った羽村先生に挨拶する直子.
直子:「おはようございます」
■登校途中
直子:「先生,初デートっていつでした?」
羽村先生:「あぁ,覚えてないなぁ」
直子:「あたしは中二のとき.冬休みだったなぁ」
直子:「トイレ」
羽村先生:「え?」
直子:「先客がいて,何度ノックしても出てこないから,もう大声で言ったんですよ」
羽村先生:「なんて?」
直子:「はやくしないとウンコだと思われるじゃない」
羽村先生:「あはははは.けど,キミは明るくていいなあ」
Vサインの直子.
羽村先生:「もう身体は大丈夫なの?」
直子:「知ってるんだ……」
『余計なことを聞いてしまった』という表情の羽村先生.
■教職員用ロッカー
繭が羽村先生の下足箱に手紙を入れている.
他の先生がやってきて,見つかりそうになり……
隠れる繭.
正体がバレないように走って出て行く.
■学校前
羽村先生,直子から教育実習生とのうわさを確認される.
直子:「教生の先生と付き合ってるって本当ですか?」
羽村先生:「え?」
直子:「そんな噂あるから」
羽村先生:「学校ってのは本当に噂が多いなあ」
直子:「単なる噂ですよね.本当だったら,繭が……」
直子:「……かわいそう」
■2B教室
窓から外を眺める繭(と大仏キーホルダー).
■教職員用ロッカー
羽村先生,下足箱を開けると『助けて』の手紙.
■学校の図書館
羽村先生,図書館へ.
すると,後ろから紙屑が飛んでくる.
後ろを確認するが誰もいない.
本を探していると,もう一回紙屑が飛んでくる.
立ち上がって後ろを確認すると……
人形がひょっこり……
(繭の)人形劇が始まる.
表情をほころばせながら,劇に見入る羽村先生.
行こうとする先生を……
追いかけるが……
先生に突き放されてしまう……
身につまされる羽村先生.
追いかけて,後ろからポーン……
ちょっと痛いところに刺さっている羽村先生.
ここで顔を上げて……
正体をあらわす繭.
羽村先生:「上手いもんだな」
繭:「家庭科は得意なの」
が,指先は絆創膏だらけ.
それを見られた繭,後ろに手を回す.
笑う二人.
羽村先生:「期末の勉強してる?」
繭:「してるよ」
羽村先生:「ホントかな」
繭:「あ,じゃあ,生物でいい点取ったら……」
立ち上がる繭.
繭:「先生」
羽村先生も立ち上がる.
羽村先生:「ん?」
繭:「もう,あたしのこと,避けないでね」
繭:「いい子でいるから……」
繭:「避けないでね」
人形でバイバイして……
行く繭.
■視聴覚室
直子,藤村先生に呼び出されて視聴覚室へ.
視聴覚室に入ってくる藤村先生.
藤村先生:「よう.待ってたよ」
教室の鍵を閉める藤村先生.
藤村先生:「そこに座って」
黙って立ったままの直子.
藤村先生:「早く座って.さぁ」
直子の肩を持って促す藤村先生.
直子を椅子に座らせる.
藤村先生:「こっち向いて」
直子のお腹に手と耳を当てる藤村先生
藤村先生:「僕のベイビーの鼓動が聞こえるかな」
直子:「聞こえないと思います」
藤村先生:「気が早いか」
直子:「病院に行ったの」
直子の顔を見上げる藤村先生.
藤村先生:「え?」
立ち上がる直子.
直子:「あたし」
尻餅をつく藤村先生.
直子:「堕してきたんです」
藤村先生:「はは」
藤村先生:「冗談はやめてくれよ」
直子:「もう,先生の言いなりにはなりません」
教室を出ていく直子.
ショックの藤村先生.
■職員室
羽村先生へ,新庄先生からの電話.
羽村先生:「あぁ,お休みなんで,病気かと思いましたよ」
■家庭裁判所
新庄先生:「あぁ,ちょっと薮用でな.アンタ今晩暇か」
貴広君が母親に付き添われて出てくる.
◻️親権の調停が決定したらしい.
家庭裁判所から一緒に出てくる新庄先生と貴広君.
貴広君:「あ,それと,今晩のおかずやけど,冷蔵庫にジャガイモと肉があるから,肉じゃがなんかええんとちゃうか」
新庄先生,生返事.
新庄先生:「うん」
貴広君:「砂糖入れ過ぎたらアカンで」
新庄先生:「大丈夫や,それぐらい」
貴広君:「ホンマかぁ? ごっつぅ心配やわぁ」
新庄先生:「やかまし」
貴広君:「僕がおれへんようになって,生きて行けんのかなぁ」
新庄先生:「アホぉ,百まで生きたらぁ」
クルマを見て立ち止まる二人.
貴広君:「ほな」
一人で車に向かう貴広君.
見つめる新庄先生.
■クルマの中
母親:「貴君,卵焼き好きだったでしょう」
涙をこらえて,黙って受け取る貴広君.
母親:「行って下さい」
走り出すクルマ.
■家庭裁判所前
俯く新庄先生.
開くクルマのドア……
急停止する車.
顔を上げてクルマを見る新庄先生.
クルマのドアを開けて,卵焼きを持って降りてくる貴広君.
貴広君,新庄先生に向かって走り出すが……
こけてしまう.
駆け寄る新庄先生.
新庄先生,貴広君を抱き起こす.
貴広君:「お腹空いてへんか」
新庄先生:「お前の荷物,宅急便で送るよって」
貴広君:「お父さん」
新庄先生:「向こうの家,デカイらしいぞ.お前専用の部屋もあるって」
クルマから降りてくる母親.
母親に目をやる新庄先生.
新庄先生:「もう行き」
黙って新庄先生の顔を見つめる貴広君.
新庄先生:「はよ行け!」
無言でクルマに戻る貴広君.
クルマまできて振り返る貴広君.
母親:「さ,行きましょ,ね」
母親に促されてクルマに乗り込む貴広君.
それを見つめる新庄先生.
走り出すクルマ.
■生物室
2-Bの生物の時間.教育実習授業最終.
里佳:「このような場合,二三日で糞は生きた有機物に,まあ細菌の塊になって」
繭の方をちらっと見る羽村先生.
里佳:「栄養充分なものに変わるので」
◻️繭は,教科書を見ているが,授業を聴いているのかどうか……わからないねー.
里佳:「巻き貝はまた自分の糞を食べることで,その中の微生物を今度は簡単に消化することになります」
羽村先生を見る繭.
里佳:「こうして,分解されにくい有機物も,微生物の繁殖が仲立ちになって少しずつ利用されながら,巻き貝の生存を支えていくんですね」
◻️聞いてないわけではなさそうですね.
授業終了のチャイム.
里佳:「えー,期末テストが終わる今週末までは来ますが,わたしの授業は今日これで終わりです」
里佳:「なんかホント,みんなには迷惑をかけちゃったと思うけど,とっても楽しかったです」
里佳:「ありがとう」
生徒達と泉先生,羽村先生の拍手.
羽村先生は繭のことが気になるよう.
■生物室前廊下
授業終了後,里佳が繭を誘う.
里佳:「二宮さん」
振り向く繭.
里佳:「今日ちょっと付きあってくれないかな」
作り笑顔の里佳.
◻️相変わらず,こういうときの繭は無表情.
■新庄先生宅
羽村先生,晩に新庄先生宅へ.
新庄先生:「おう,来たな.ちょうど寿司も今来たとこや」
羽村先生:「え? 誰かの誕生日ですか?」
新庄先生:「ま,ええから,あがりや」
テーブルにはお寿司が二人前.
羽村先生:「あれ? 貴広君は?」
新庄先生:「あぁ」
新庄先生:「今日,調停あってな」
羽村先生:「あぁ,親権の」
新庄先生:「あぁ」
羽村先生にビールを注ぐ新庄先生.
新庄先生:「ああいうのはあれや,母親が勝つようにできとるわ」
新庄先生:「貴広の足,オレがダメにしたんや.その責任もとらせてもらえんなんて」
新庄先生:「ま,気楽な一人もんになって,その祝いってとこやな」
しんみり乾杯.
新庄先生:「なんや,湿っぽうなってしもうたな.こうパーッとこう明るい歌でもうとてぇな」
羽村先生:「え,僕がですか?」
新庄先生:「うん」
羽村先生:「あぁいや,僕は歌は……」
新庄先生:「そうか」
コップのビールを飲み干し……
意を決して控えめに歌い出す羽村先生.
羽村先生:「なーぎさのはいから人魚♫」
羽村先生:「キュートなヒップに♫」
羽村先生:「ズッキンドッキン♫」
立ち上がって振り付きで歌い出す羽村先生.
羽村先生:「なーぎさのはいから人魚♫」
新庄先生:「あそれ!」
羽村先生:「まぶしい素足にズッキンドッキン♫」
新庄先生:「おいおい,無茶すな無茶を(笑)」
■喫茶店
繭と里佳が喫茶店で話している.
横の水槽を見ている繭.
里佳:「聞かないの?」
里佳:「なんであたしがあなたを誘うのかって」
里佳の方を見るが無言の繭.
里佳:「羽村先生のことなの」
『ああやっぱり』という感じでまた水槽の方を向く繭.
里佳:「あなたと先生の関係が,一時,学校で問題になったって聞いたの」
作り笑顔の里佳.
里佳:「何を言ってるのかわからないわね」
横を向いたままの繭.
里佳:「あたし,先生のことが好きなの」
◻️前にも言ったけど,繭の横顔の奇麗さよ.
里佳:「知性があって,繊細で,少し幼児性を残してるところも,魅力的だわ」
視線を落としたままプリンを口にする繭.
里佳:「彼も,少しずつあたしを好きになってる」
里佳:「あなたと先生に何があったかしらないけど」
里佳:「もともと世代のギャップっていうか,よく理解できないから,あなたに興味が湧いたんだと思うの.恋愛感情じゃない」
里佳:「無言電話……」
視線を上げる繭.
里佳:「掛けてきたでしょ」
里佳:「あたし居たのよ.そのとき.あの人のアパートに」
視線をそらす繭.
里佳:「彼は迷惑してるわ」
里佳:「あなたは彼に何をしてあげた?」
里佳の方を見る繭.
里佳:「何をしてあげられるの?」
視線が泳ぎ出す繭.
◻️繭は相当堪えている模様.
里佳:「本当の恋愛じゃないと思うな」
里佳:「相手に求めるだけなんて」
繭:「あげる」
里佳:「え?」
繭:「あたし,要らないから」
席を立つ繭.
繭,荷物を持って……
小走りで店を出る.
ひとり残される里佳.
■アパート前
夜,口笛を吹きながらアパートに帰ってくる羽村先生.
外階段の上で,里佳が待っている.
笑顔で迎える里佳.
表情が固まる羽村先生.
■羽村先生のアパート
羽村先生:「悪いね.新庄先生のところで,ご馳走になってきたんだ」
里佳:「でも,せっかくだから何か作ります.夜食か,明日の朝に食べて下さい」
財布をとり出す羽村先生.
羽村先生:「いくらだった?」
里佳:「あぁ,いいですよ別に」
羽村先生:「いや,そういうわけには」
里佳:「そんな他人行儀な」
羽村先生:「え?」
里佳:「あ,まだ,他人でしたね.未遂で終わりましたから」
羽村先生:「ああ」
里佳:「とにかく仕舞って下さい」
羽村先生:「あぁ」
里佳:「コーヒー入れます」
羽村先生:「悪いね」
水槽の調整をする羽村先生.
里佳:「どういうリアクションをとるか興味があったんです.いきなり,押し掛け女房みたいに来たから」
羽村先生:「あぁ」
里佳:「最初の顔で,相手の気持ちが大体わかりますからね」
羽村先生:「間抜けな顔してたろうね」
笑顔で返事する里佳.
里佳:「ええ」
机に座って鞄を開ける羽村先生.
中から繭の作った人形が……
里佳:「期末の答案ですか」
羽村先生:「ああ」
里佳:「先生」
羽村先生:「ん?」
里佳:「あたし,さっきまであの子と一緒だったんですよ」
里佳:「2年B組の二宮さん」
『どういうことだ?』といわんばかりの羽村先生.
■二宮家
アトリエで道具の片付けを手伝う繭.
耕介は制作作業中.
耕介:「あっ」
どうやら,右手が痺れるらしい耕介.
繭:「どうしたの?」
耕介:「いや,手が痺れるんだよ」
繭:「ちょっと,休んだら」
耕介:「こいつをどうしても間に合わせたいんだ」
耕介:「久々の個展だからね」
耕介:「是非,成功させたい」
繭:「お父さん」
耕介:「ん?」
繭:「あたしって必要?」
耕介:「当たり前じゃないか」
耕介:「私はね……」
耕介:「お前がいるから生きていられるんだよ」
◻️思うに,本当は,羽村先生にそう言って欲しいのでしょう.
痺れる手をマッサージする繭.
耕介:「すまないね」
■羽村先生のアパート
羽村先生:「何を言ったんだ」
里佳:「先生は迷惑してるから,もうそういうことはしないで欲しいって注意しときましたよ.もう先生に関わらないでくれって」
羽村先生:「なぜそんなことを」
里佳:「いけませんでしたか」
里佳:「あたし,このあいだ準備室で,先生の書きかけの論文,読ませて頂きました」
里佳:「どこかの大学に受け直すおつもりなんですね」
羽村先生:「人のものを勝手に読まないでくれよ」
里佳:「スゴイと思いました.あの分野ではまったく新しい見解だと思います」
里佳:「あたしなら,先生のアシストできます」
里佳:「いつまでもあんな子に関わってる場合じゃないと思います」
羽村先生:「いい加減にしろよ」
羽村先生:「いったい何の権利が合って彼女にそんなこと言ったんだ!」
羽村先生:「オレは……」
羽村先生:「帰ってくれ」
里佳:「帰ります」
里佳:「もう一つ事実を言いました」
里佳:「あたしが,先生のこと好きだって」
里佳:「おやすみなさい」
帰って行く里佳.
ため息の羽村先生.
02月23日(火)
■朝の職員下足室
羽村先生の下足箱に手紙を入れる繭.
繭が手紙を入れるタイミングでやって来た羽村先生.
羽村先生に気付く繭.
繭に気付く羽村先生.
急いで下足箱を開けて手紙をとり出す羽村先生.
羽村先生:「やっぱりキミだったのか」
黙って行こうとする繭.
腕をつかんで引き止める羽村先生.
■校舎屋上.
羽村先生:「教生の田辺君がキミと話したって」
繭:「先生も結構やるね.連れ込んじゃったりしてさ」
羽村先生:「言い分けはしないよ」
羽村先生を見る繭.
繭,金網にもたれかかる.
繭:「あの人は……先生に必要?」
繭の方を見る羽村先生.
繭:「あたしは……あたしは,何をしたらいいの?」
流れる沈黙.
羽村先生の方に身体を向ける繭.
繭:「あたしにして欲しいこと言って」
繭:「なんにもないの?」
繭:「あたしにはなんにもないの?」
顔をそらす羽村先生.
繭,視線をそらして返事のない羽村先生に少しショックな表情.
羽村先生に半分背を向け,視線を落とす繭.
繭:「あたしは……なんにもしてあげられない」
繭の方を見る羽村先生.
繭:「迷惑ばっかりで……」
繭:「どんどん嫌われちゃうばっかりで」
繭:「けど……けど,何をしたらいいかわからないの」
羽村先生の方を向く繭.
繭:「いっぱい考えたのに! わからないのよ!」
羽村先生:「なにも望んでないよ」
『どうして?』という表情の繭.
羽村先生:「オレはただ……」
繭:「そんなのイヤ!」
繭:「そんなのヤダ!」
その場から走って行こうとする繭.
羽村先生:「キミの方こそ,一体何を助けて欲しいんだ」
立ち止まる繭.
羽村先生:「それとも単なるいたずらなのか」
繭,振り返るが,その表情は,怒りと諦めが一緒になったよう.
繭:「もう,入れないから」
その場をあとにする繭,立ち尽くす羽村先生.
思いを上手く伝えられないことにもどかしさを募らせる羽村先生.
■昼休みの体育館
ラーメンをすする新庄先生のため息.
直子が剣道着を着てやって来る.
直子:「あーヤダヤダ,中年のため息なんて」
新庄先生:「なんやその格好」
直子:「見ればわかるでしょ」
新庄先生:「退部せぇ言うたやろ」
直子:「それは個人の自由でしょうが」
直子:「さ,新人戦も近いし,練習練習.面,胴,小手.面,胴,小手」
面倒臭そうに立ち上がって引き上げかける新庄先生.
直子:「面,胴……」
直子:「ちょっとぉ」
直子:「貴広君.もういないんだってね」
立ち止まる新庄先生.
直子:「羽村先生から聞いたの」
振り向く新庄先生.
新庄先生:「いらんことを」
直子:「いつまでも男のくせに暗いと,再婚相手,見つからんよ」
直子:「ほら,あたしのようにさ,ビシッと前向きに生きないと.ね」
新庄先生:「何が『ね』や」
直子:「面,胴,突き.この調子じゃ,優勝しちゃうかもな」
直子:「面,胴,腰,足,脇の下.なーんてね」
新庄先生:「期末終わったら出直してこい」
直子:「え?」
新庄先生:「鍛え直したるから」
笑顔で頷く直子.
■生物室
◻️参考情報)生物室の時計は1550.
羽村先生と里佳,備品の後片づけ.
何となく気まずい雰囲気.
里佳:「これは,あの棚で良かったですか」
羽村先生:「え? あぁ,うん」
羽村先生:「昨日は悪かったね」
里佳:「なにがですか?」
羽村先生:「怒鳴ったりして,ごめん」
里佳:「あぁ,別に気にしてませんから」
里佳:「本当は,ちょっと傷つきました」
羽村先生:「ん」
里佳:「そのお詫びに,夕飯ご馳走して下さい」
羽村先生:「え?」
里佳:「うそ.冗談ですよ」
羽村先生:「あぁ」
里佳:「生徒が,教生に恋をするって話しはよくありますけど」
里佳:「教生が教師を好きになるって珍しいですよね」
返事をしない羽村先生.
里佳:「ダーウィンの突然変異説に負けず劣らず」
里佳:「もうすぐ,お別れですね」
里佳:「そう考えると,寂しいです」
羽村先生は無言を貫く.
02月27日(土)
■朝の登校風景
◻️多分この日は期末試験の最終日.02月24日 (水) 〜 02月27日 (土) を試験期間と推定.
繭は生物のノートを見ながら登校.
■2B教室
生物のテスト.
羽村先生:「えっと,問2のACPとなっているのは,皆さん,二学期にやったと思いますが,ATP,アデノシン三リン酸の間違いです」
羽村先生:「他に質問はありますか」
羽村先生を見ている繭.
羽村先生:「それじゃ,始めて下さい」
繭の視線を感じる羽村先生と……
それを敵視する里佳.
羽村先生:「他のクラスの質問事項も聞いてくるから.あとよろしく」
里佳:「はい」
教室を出る羽村先生.
視線で羽村先生を追う繭.
里佳:「あと,15分」
繭の横を敵意丸出しで通る里佳.
繭の後ろに立つ里佳.
繭の机の引き出しにノートがあるのを目ざとく見つける.
繭のカンニングを疑う(もしくは,濡れ衣を着せる).
繭の腕をつかみ……
素早くノートを取り出す里佳.
里佳:「ズルはいけないなあ」
繭を連れ出す里佳.
そこに,教室に戻ってくる羽村先生.
状況がわからないであろう羽村先生.
◻️繭は,先日の屋上での件と,疑いとはいえこの一件で,もう終わったと思ったのかもしれない(私見).
■職員会議室
繭のカンニング疑惑の件で教員会議.
宮原先生:「えー,一学期,二学期の生物の成績は,まあ普通ですね」
学年主任:「ふん」
学年主任:「羽村先生,今日の答案の採点では」
羽村先生:「86点です」
学年主任:「ええ,やはりこれは,比較にならないぐらい上がってますね」
羽村先生:「しかしそれで……」
新庄先生:「その比較はできんと思います.三学期になって急に頑張ろうと思ったかもしれんし」
学年主任:「二宮の英語は? 急に伸びてますか?」
藤村先生:「いいえ」
学年主任:「現国や古文は?」
宮原先生:「いいえ」
学年主任:「ふーんそれは,生物だけ突然目覚めたというわけですかなぁ.ふーん」
藤村先生:「そういうこともあるんじゃないですかね.教師が変わると,特に女生徒では」
学年主任:「その話しは,蒸し返したくありませんね」
宮原先生:「追試という形をとってはどうですか.わたくしのクラスから落第者なんてイヤですから」
学年主任:「そりゃ学校としてもね.父兄の手前,落第者なんて出したくありませんからね」
宮原先生:「じゃあ,改めて,羽村先生に答案を作って頂くということで」
学年主任:「こういうのはどうですかね.さっきチラッと教頭と話したんですけど,二宮は色々と問題があり過ぎます.ね.ここはひとつね,親と相談して,自主退学というかたちを考えさせてみたら,ね」
羽村先生:「ちょっと待って下さい!」
■二宮耕介個展
父の個展に繭が顔を出す.直子も一緒.
直子:「父親が芸術家なんていいよなあ.おまけに繭のパパって,ダンディって感じで渋いよね」
繭は『そうかな?』という感じで父の方を見る.
直子:「ねえ,再婚するつもりないの」
係の人から伝えられて繭がきていることを知る耕介.
直子:「案外いるんじゃないの.年頃の娘を傷つけまいと,成人するまで待ったりしちゃってさ」
繭は『来たくて来たわけじゃない』という表情.
■スナック純(直子の家)
お客さん,熱唱中.
直子,学校から帰宅.
直子の母:「いらっしゃーい」
直子の母:「ちょっと,直子.ただいまぐらい言いなさい」
直子:「ただいま」
直子の母:「二階,先生がお見えになってるわよ.あんた,またなんかしたんじゃないでしょうね」
イヤな予感がしてる直子.
二階に上がって……
部屋を見ても誰もいないが……
藤村先生:「お帰り」
振り返るとそこに藤村先生が.
藤村先生:「トイレ借りてたんだよ」
直子:「どういうつもりなんですか.家まで来るなんて」
藤村先生を睨み付ける直子.
藤村先生:「キミの家が見たくなってね.一種の家庭訪問かな」
直子を押し倒す藤村先生.
直子の首に手をかけて直子に問いかける.
藤村先生:「なぜ僕の子供を殺した? なぜだ」
藤村先生:「なぜだあ!」
藤村先生:「苦しいか? 苦しいだろ.僕の子供も同じように苦しんだんだよ!」
お店にはお客さんが次々とやってくる.
直子の母:「直子,降りてちょっと手伝ってくれない」
藤村先生:「せっかく……せっかく,愛されたのに」
走って下に降りていく藤村先生.
■生物準備室
羽村先生が一人在室.
席について,鞄から繭の人形を取り出す.
人形の右腕に塩酸の火傷の跡も作ってることに気付く.
あのときのことを思い出す羽村先生.
人形を窓ガラスに写す羽村先生.
繭の言葉を思い出す羽村先生.
ドアをノックする音.
羽村先生:「どうぞ」
里佳が準備室へ来る.
里佳:「やっぱりこちらにいらしてたんですか.探してたんですよ」
里佳:「坂入先生が,私たちの歓送会をして下さるって言うんです」
羽村先生:「悪いけど,オレは行かないよ」
里佳:「気にしてるんですか.彼女がカンニングしたこと」
里佳の顔を見る羽村先生.
しばしの沈黙の後立ち上がる羽村先生.
羽村先生:「キミは……」
羽村先生:「僕が彼女を理解できないから惹かれたって」
羽村先生:「そう言ってたね」
里佳:「実際にそうだと思います.だって」
羽村先生:「そんな議論は何の意味もない」
羽村先生:「僕たちはもっと,オカシイくらい,単純なんだ」
羽村先生:「そばにいないと寂しい」
人形を見る羽村先生.
人形を鞄に入れる羽村先生.
羽村先生:「彼女は,カンニングなんてしないよ」
羽村先生:「しない」
羽村先生を見据える里佳.
羽村先生:「二週間,ご苦労様」
羽村先生,部屋を出る.
一人部屋に取り残される里佳.
■二宮家
◻️参考情報)部屋の時計は1937.
繭が羽村先生の人形を持ってアトリエにいる.
玄関のドアが開く音.
繭,慌ててテーブルへ.
耕介が帰宅.
繭は大仏キーホルダーを握りしめながら何かに祈るような,何かに怯えているような雰囲気.
耕介:「珍しいじゃないか,お前が私の個展に顔を出すなんて」
耕介:「久々に大勢の人間に会ったせいかなあ」
耕介:「とても疲れたよ」
耕介:「少し休みたい」
繭は何かを諦めたような,覚悟を決めたような感じ.
繭:「今,ベッドの用意をするわ」
耕介:「そうしてくれ」
耕介の書斎へ向かう繭.
繭,すれ違いざまに耕介を睨む.
人形に目をやる耕介.
■教職員ロッカー
帰りの羽村先生.
ロッカーを開ける際に見えた腕時計で……
鎌倉でのことを思い出す羽村先生.
■駅への道のり
ここでもまた色々思い出す羽村先生.
改札を通る羽村先生
■電車の中
■二宮家
羽村先生,繭を訪ねて二宮家を訪問.
ガウン姿の耕介が対応にでる.
耕介:「こんな格好で失礼しますよ」
羽村先生の持つ人形に目をやる耕介.
耕介:「横になっていたもので」
手に持つ人形を後ろ手に隠す羽村先生.
羽村先生:「いえ.あの,繭さんは」
◻️羽村先生が繭を下の名前で呼んだのは多分このときだけです.
◻️⇧ ……と思っていたところ,第7話でクルマで行こうとする繭を何とか止めようとした羽村先生が「繭,何をしてるんだ.降りなさい」と言ってるような気がしないでもないのですがさて.
耕介:「ああ,どうぞ」
羽村先生:「よろしいんですか」
耕介:「かまいませんよ.どうぞ」
羽村先生:「それじゃ,ちょっと,お邪魔します」
人形をコートのポケットに仕舞う羽村先生.
◻️参考情報)家の時計は2050.
耕介:「ここが私のアトリエですよ.そうだ,せっかくだから見ていきますか」
耕介,自分のアトリエを案内.
人形とキーホルダーを……
羽村先生に見せつけるようにゴミ箱へ.
イヤな感じを隠せない羽村先生.
耕介:「あいにく,作品のほとんどを個展に出していましてね」
羽村先生:「思ったより広いんですね」
耕介:「絵描きと違いますからね」
耕介:「野原でちょちょっと創作するわけにはいかない」
羽村先生:「ええ,それは」
耕介:「大きいもの.完成までに何年もかかるものもありますよ.信じられますか.ある種,単調な作業を何年もです.ははははは.異常ですよ」
耕介:「その集中力.執着力.不健康なエネルギーたるやね.ははははは」
デッサン画に気付く羽村先生.
耕介:「気が付きましたか」
耕介:「娘ですよ」
耕介:「十二のときです」
スタンドの明かりを消す耕介.
部屋へ案内する耕介.
耕介:「ここが娘の部屋でしてね.最近じゃ,私が入るのも嫌がりまして.はははは」
◻️繭の部屋の扉,今までと,左右開きが逆になっていることに気付いた.
耕介:「あ,向こうの部屋が,私の書斎ですよ.娘は多分,今そこにいるでしょう」
耕介:「あ,悪いが私はちょっと,画商に電話を入れたいもんで」
その場を離れる耕介.
羽村先生:「あぁ」
書斎に向かう羽村先生に声を掛ける耕介.
耕介:「先生」
振り向く羽村先生.
羽村先生:「は?」
耕介:「あ,いや,いいです」
言いかけでやめる耕介.
羽村先生,人形を手に改めて耕介の書斎へ.
ドアをノックするが……
返事がない.
何となく後ろを確認……
もう一度ノック.
やはり返事はない.
そっとドアを開けて……
中に入る羽村先生.
ゆっくり進んでいく羽村先生.
部屋に散乱する耕介の衣服……
イヤな雰囲気を感じとる羽村先生.
その向こうには繭の制服……
さらにその先のベッドに視線を向けると……
信じがたい状況に鞄を落としてしまう羽村先生.
その音で顔を上げ……
顔を向ける繭.
羽村先生に気付く繭.
飛び起きて,シーツで身体を隠す繭.
過去最大のショックを受ける羽村先生.
後ずさりする羽村先生.