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雷と閃きとフラクタル
高橋源一郎氏の「「文藝評論家」小川榮太郎氏の全著作を読んでおれは泣いた」 http://kangaeruhito.jp/articles/-/2641 で言及のあった小林秀雄の文章が読みたくて、「小林秀雄 青空文庫」でググったら、坂口安吾の文章だが、小林秀雄論 https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/42864_22350.html があった。その冒頭に、小林秀雄が酒に酔ってホームから転落したのを知って私の方が"心細くなる"とあって、久しぶりに「心細い」という単語に出会った。
「心細い」の意味を考えると、不安が思い浮かぶ。「細くなって折れてしまう様子」と「不安」がよく重なる。さらに「心の拠り所」という語からは、心というものが普段とは違う大変な時に意識する事が想定される。
心とは何か、という問いに対して、身体とは何かがある。身体は個人個人のもつ実感のある肉体が身近にあるが、心はさらに身近にあり物体としては認識できいない。
一方で技術の発達により、肉体は細胞から構成されていて、食物を摂取して栄養を吸収して老廃物を排泄する代謝によって生命活動が維持されている。そこには、神経細胞としての神経活動がある事も分かっている。
今、私達が感じている心の動きを巨視的(マクロ)として、神経細胞の神経活動を微視的(ミクロ)としたときに、マクロとミクロの間にはどのような構造が存在しうるだろうか。
その構造の答えの一つはフラクタルである。雷というマクロ現象と、閃きというミクロ現象は、その本質において、同一とすることができる。フラクタルとは、部分と全体が自己相似になっているもので、ロシアのマトリョーシカの構造である。玉ねぎも皮を剥いたらまた皮があり、それが繰り返される。宇宙も分子、原子、素粒子と剥いでいける「タマネギ理論」というものもある。また、フラクタル構造としては、木の枝、葉脈、血管、海岸線などがある。
雷がある一定の条件を要するように、価値ある閃きも厳しい条件を要するのではないか。雷が大気中の窒素に作用して肥料となる場合があるように、閃きも言語化、視覚化など固定化され、社会に伝播する場合がある。
豊かな未来の可能性がある。
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