ライブハウスでの出来事(ショートストーリー)
ミサさんのお店で、
急遽助っ人として
デビューすることが決まった翔。
弥生は楽屋口をのぞいてみた。
鏡とにらめっこしている翔。
リーゼントの髪型が
なかなかうまく決まらないらしい。
翔
うぅ・・・
弥生
ちょっと!もう!
貸しなさい!私がやってあげる。
弥生は、慣れた手つきで、翔のリーゼントを直していく。
母が経営者であるこのライブハウスは、弥生にとっては、住み慣れたホームみたいな場所。
小さい頃から男性ボーカルを真似て、リーゼントの髪型を作っていた弥生にとっては、朝飯前だ。
翔
弥生さん、マジで上手だな。
鏡には、ビシッとスーツにリーゼントの翔がうつっていた。
弥生
さぁ、行ってらっしゃい。
楽屋の外で、バンドメンバーが音出しを始めた。いよいよだ。
客電が落ち、翔がマイクの前に立った。
弥生は平静を装いながらも、身を乗り出して、お店のカウンターから見守った。
沈黙が流れた。
フロアの客は、新しいボーカルの歌声を期待と不安で待ち構えた。
誰もが皆、曲の始まりを待ち構えた。
ピアノのイントロが流れる。
やがて翔が勢いよく歌い出した。
女性客から黄色い歓声が出て、
フロアのお客が一斉に踊り出した。
ミサと弥生が
同じタイミングでガッツボーズした。
ミサ
翔くんには人を惹きつける...
カリスマ性と歌の才能を感じる。
ボーカル、翔くんで正解だったわ。
弥生
ミサのボーカルオーディションの日、
遅刻しなくてよかったわ。
翔のノリノリのツイスト曲が続く。
ステージパフォーマンスはまだまだだが、お客さんの掴みは最高だった。
ステージはあっという間に終盤。
翔はバラードを歌うことになっていた。
チークタイムの時間だ。
翔は、ギターの賢次郎に目で合図を送った。
静かに始まるイントロ。
しかし、ドラムとベースが入った途端、全体に違和感があった。
弥生
何かおかしいわね。
なんとか歌い始めた翔。
しかし・・・。
翔
すみません!一旦、止めます。
ざわつくフロア客
翔
本当にすみません。
僕、歌詞を間違えてしまって。
よかったら、もう一度最初から
歌わせてもらっていいですか。
酔っ払い客A
新人くん!頑張れ!
酔っ払い客B
いいよ、いいよ、何度でも聞いてやる。
翔
ありがとうございます!
それでは聞いてください。
改めて翔は歌い出した。
堂々とした歌いっぷりだった。
(曲:好きにならずにいられない)
惜しみない拍手が送られた。
翔
たくさんの拍手ありがとうございます。
それでは最後は、みんなでノリノリで踊りましょう。聞いてください!
Let’s twist Again!!(曲:Let’s twist Again)
無事に、ステージが終わった。
ステージが終わると、たくさんのお客さんが翔に話しかけてきた。
客A
最初は緊張で歌詞忘れるもんだ。ドンマイ!
客B
これからだぞ、若造!でも大したもんだ。
客C
曲止まった時はどうしようかと思ったけど、さすが、ミサさんの選んだ新人だ。
翔のデビューを祝う客で、お店はごった返していた。
お店の営業が終わり、
翔は落ち込んだ様子で、楽屋に座り込む。
そこに弥生が現れた。
弥生
すごい人気者だったわね!!
よかったじゃない。
翔
でも、みんな、俺が歌詞間違えた、間違えたって言うんだぜ。さすがに落ち込むよ。
弥生
それでもよく頑張ってたわ!
最後まで偉かった。
ギタリストの賢次郎が現れる。
賢次郎
翔、今日は本当にありがとう。
お前のおかげで、ピンチを免れた。
すごく助かった。
弥生
ピンチって?
賢次郎
今日のバラード曲は、バンドの入りでリズムを崩していたんだ。
俺たちは、体制を立て直せない感じだった。
その違和感に気づいた翔が、曲を一旦止めて、やり直してくれた。
翔
賢次郎さん・・・俺、違和感にどうしていいかわからなかっただけだよ。
賢次郎
直感で、ステージを動かしてたのか、
お前すごいな。翔のおかげで、演奏をお客さんに届けることができた。新人だと茶化されても、翔は、バンドのせいだと言わずに、笑顔でお客さんに対応していた。その対応に俺たちも救われたよ。
弥生
そうか、あの時の違和感はそういう事だったのね。
賢次郎
弥生さん、翔くんのデビューの日に心配させてすまなかった。バンドリーダーとして、謝りたい。
弥生
生演奏の店なんだから、トラブルは付きものよ。
お客さんに絡まれても、文句一つ言わなかった翔は、本当に偉かったわ。
賢次郎
今日は、助っ人で歌いにきてもらったけど...
翔!お前にはレギュラーで歌ってほしいぐらいだ。いつでも来いよ。
翔
はい、ありがとうございます!!
弥生
バンマスの賢次郎が
あんな風に言ってくれるなんて。
あなたもすっかりメンバーの一員ね。
翔
俺、またここで歌いたいな。
弥生
えぇ、あなたの歌を待っているお客さんがたくさんいる限り。
二人は店を後にした。
翔が、この店で、伝説のボーカリストと言われ始めるのは、もう少し後の話である。
終わり。