不景気化する医療業界

 皆さんもこの冬、一部の病院ではボーナスが激減し、それに抗議する職員がストライキをするというニュースを見ただろうか。1.5ヶ月要求が0.6ヶ月回答などという激減っぷりである。しかも、ここまでの減り方ではないにしろ、この傾向は一部病院にとどまらないらしい。

 あれっ、病院って不景気に強い業界だし、コロナ禍でも補助金で結構潤ったんじゃなかったっけ?と思いますよね。でも、どうやら日本社会が景気が良くなろうと、悪くなろうと、医療業界は景気が悪くなっていくみたい。
 

医療業界が不景気になった原因

短期的な要因:コロナ禍のあおりを受けたこと

 多くの人にとってコロナは過去のものになった今、2024年に医療業界がコロナ禍のあおりをうけていると言われてもピンとこないかもしれない。コロナ禍のあおりというよりも、①世界がコロナ禍から立ち直るときに起きた円安というものと、②コロナ=人が死ぬ病気というイメージがこびりついてしまった人たちが病院を避けるようになったことといったほうがわかりやすいかもしれない。

 新型コロナウイルスという未知なものに対して、医療従事者も一般の人もそれぞれの立場ですごく頑張った。
 偉い学者の先生とか医師の先生とかがテレビでみんなにコロナを怖がらせる事によって、コロナを抑え込もうとした。それはプラスに働いた面も当然あったが、2024年以降の今もコロナを怖がり依然警戒している人々がいる。そして、その人々はコロナがいそうな場所=病院を避けるようになった。

 お年寄りにとってコロナが怖いのはまぁわからんでもない。今まで、特別養護老人ホームに入れなかった人たちが病院に入院していたのだけど、この人たちは病院に入りたがらなくなった。こうして、病院に空きベッドが目立つようになったわけだ。

コロナ禍と円安の関係性


 コロナ禍のとき、政府も緊急事態なので、借金だらけだけど普段は使えない額のお金を使ってなんとかコロナを防ごうとした。実は日本はコロナ対策に使ったお金は世界でもトップクラスだったんだよね。


 そして、ワクチンの登場やオミクロン株の登場以降、各国の政府はコロナと共存していくと決めて、少しずつコロナ対策を縮小していった。そのときに各国の政府と中央銀行がまちなかにバラ撒きまくったお金を回収するために、銀行の金利を上げる政策をとったんだ。

 例えば、1年で0.001%の利息がつく銀行があったとして、明日から1年で10%の利息が付きますと言い出したら、みんな喜んで銀行に預けるよね。また、家を買うために借金するときに、今まで年間で0.001%の利子だったのに、明日から年間10%の利子になりますって言われたら、金利が変動するローンを組んでいる人はブチギレるよね。しかも、そんなローンしかないなら、銀行からお金を借りて家を買うのは大多数の人は諦めると思う。

 こうして、利子が上がると銀行にお金が集まるし、銀行からお金が出ていかないことになる。

 じゃあなんで、各国はこんなことをしたかったかというと、日本以外の多くの国ではコロナが終わった後に景気回復していて、町中にお金がありすぎるとインフレになってしまうかららしい。どういうことかというと、「余ったお金で設備投資をする→景気が良くなる→給料が増える→いっぱい物が売れる→高くても物が売れる」っていうことらしい。

 ただ日本は、①コロナ禍が開けても世界の他の国と比べてあんまり景気が良くなっていないのと、②そもそも政府が国民とか他の国に借金しすぎだしコロナ禍でも300兆だっけかな使っちゃったし、国民も借金している人もいる上に景気が悪いので、利率を上げる(=借金の利子を増やす)と政府も国民も困るので利率を上げられなくなっちゃったわけだ。

 こうなると、外国人で日本円を持っていた人は円をドルとかの外貨に換金して海外の債権でも買おうかなとかって気分になるわけで、日本円の不人気っぷりに拍車がかかって円安という状態になったわけだ。
 そして、円安により1ドルのものはかつてみたいに120円では買えなくなって、160円ちかく出さないと買えなくなった。こうして輸入したものは軒並み値段が上がっていったんだ。

円安による物価高騰と公定価格制度を上げられない状況

 円安なので景気が良いわけでは決してないのに、あれもこれも値上げなんて生まれて初めての状況なんだけど、実は病院は値上げをしていないんだ。これは各病院が良心的だとかそういう話ではなくて、病院の治療の値段は国によって決められていて、政府は値上げする気がないからだ。
 これだけ聞くと「政府はなんてひどいんだ」って思うかもしれない。ただ、政府にも値上げできない事情があるんだよね。

長期的要因:世界最高レベルの少子高齢化

 日本はめっちゃお年寄りが多い。世界最高レベルの少子高齢化らしい。そして、大体のお年寄りは少ない年金で慎ましく暮らしている。でも、お年寄りは医療費がすごくかかるし、少ない年金でも人数が多ければ膨大な額になる。

 こういう話をすると、「えっ、だってお年寄りはちゃんと年金も健康保険も保険料を払っていたから貰う権利はあるでしょ」って声が出る。

 でも、年金も健康保険も今の現役世代が払った保険料を集めて、その都度年金受給者や病院などに払っているわけで、わかりやすく言うとその年の現役世代がその年のお年寄りに仕送りしている形になっている。お年寄りはその上の世代に社会保険料として仕送りをしてたわけだ。確かに貰う権利はある。ただ、一人で支えてきたお年寄りの数がぜんぜん違う。

 お年寄りと現役世代のバランスが崩れると色んなところに支障が出る。
 健康保険は窓口で払うお金と保険料と病院に払うお金をうまくバランスを取りながら、いつ病気になっても経済的に困りにくいようにする制度だ。この制度、作った当時はうまく行っていたのかもしれないけど、今となってはバランスが完全に崩れているんだ。
 窓口で払うお金と保険料だけじゃ足りないから年間数十兆円規模で税金を投入している。
 政府がやたらと社会保険を色んな人に払わせたいのも増税したいのも、人口のバランスが崩れているからなんだ。

「ただでさえ数十兆円お金が足りなくて税金を投入している状況なんだから、円安でいろんな物の値段が上がっているからと言って、診療報酬は上げられない」これが政府の本音なんだと思う。

中央社会保険医療協議会

 健康保険は窓口で払うお金と保険料と病院に払うお金をうまくバランスを取りながら、いつ病気になっても経済的に困りにくいようにする制度だって話をしたけど、そのバランスを取るための会議(=中央社会保険医療協議会、通称中医協)が2年に1回行われている。
 その会議の前に、国が健康保険料がどのくらい集まったのかと税金をどのくらい投入できるのかを考えて全体の医療費の予算を組むので、その会議では健康保険組合の人、病院の人、製薬業界の人が出席して治療の値段や薬の値段を決めることで全体の医療費をどう分配するのかを決める事になっている。

製薬会社の受難

 1980年代より製薬会社は辛酸を舐め続けた。中医協では上がり続ける診療報酬を尻目に、薬の値段は今までずっと下がり続けている。これはどういうことかというと、どの薬を出すのかを決める権限のある医師より弱い立場の製薬会社が、少子高齢化で増え続けた医療費を減らすために犠牲になってきたということなんだ。
 製薬会社が置かれた立場は厳しく、薬の値段が下げられ続けたせいで、作れば作るほど赤字になる薬が存在しているという始末なんだ。
 当然、利益は少なくなる。特にジェネリック医薬品なんかの利益は微々たるものになってしまった。

小林化工の死亡事故と薬の流通の減少

 そんな状況でも利益を出すために、ジェネリックメーカーは製造工程の人員削減をこっそり行うようになった。薬を安全に作るために製薬メーカーは厚生労働省に薬を作るときの方法や人員などを届出て許可を得る様になっているんだけど、厚労省に人員削減しますって言ったら怒られると思ったのか、黙って人員削減を行ってしまったんだ。

 そしたら、2021年に小林化工というメーカーが飲む水虫の薬を作るときに二人でやる工程を一人で行っていたら、その人がうっかり睡眠薬の原料を入れてしまい、できた薬を飲んだ人がなくなってしまうという事故が起きてしまったんだ。
  
 厚労省は激怒、製薬メーカーは届出の通り作っているか立入検査をされて、案の定色んなメーカーが生産停止→製造工程の見直しをするハメになったんだ。
 そして、その頃から薬局から処方してもらうタイプの薬が足りなくなっているんだ。ひどいときは全医薬品の約2割の品種に出荷制限がかかる始末だった。

それでも薬の値段を上げられない政府

 薬が足りない状態になっていて困っている人がいるんだったら、それを解消するために薬の値段を上げようとするのが普通だと思うよね。
 でも、政府はそうしなかった。というよりも、そうはできなかったという方が正しい。
 薬の値段を上げるためにお金が必要だけれども、「じゃあ誰が負担するんだ」問題が立ちはだかるからだ。

 上げまくった現役世代の保険料を更に上げるとなれば、現役世代はどんどん貧しくなってしまってさらなる少子化になりかねないし、お年寄りの病院での窓口負担を増やそうものなら、「少ない年金で暮らしているのに年寄りをいじめる気か!」ってお年寄りは激怒しはじめるだろう。日本では65歳以上の人口が相当多いので、そこを怒らせると選挙に勝てない(=与党から転落する)のは目に見えている。
 一方で、2021~22年のコロナ禍のときに病院の治療費を下げたとしたら、なんで頑張っている病院に対してそんなことをするんだという反発がすごかっただろう。

 こうして、2021、23年の中医協で薬の値段は更に下げられることになった。政府としては、儲かっていない製薬メーカーは儲かっている会社に買収されればいいし、強いメーカーだけ残ればいいという考えらしい。政府は製薬メーカーに対して本当に厳しい。

2024年診療報酬が実質マイナスみたいなものに

 製薬メーカーが1980年代から辛酸を嘗め続けた一方、病院は基本的に診療報酬が微増し続けていた。経済は政府が弱い業界とか会社を守るより、自由に競争させるべきだという考えの小泉政権のときにちょっと下がったことはあったけど、世間がどんなに不景気だろうが、どんなにデフレだろうが診療報酬は微増だった。
 
 ただ、そんな医療業界は逆にインフレには弱い。しかも、諸外国みたいに景気がいいから物の値段が上がってるパターンではないのだからなおさらだ。諸外国なら給料が上がる(=社会保険料を多く徴収できる)&年金のみで暮らしているお年寄りが多くない国では窓口で払うお金を増やしたって耐えられる人が増えるわけで。しかも税収だって増えてるんだろうから、政府が健康保険に補填できるお金だって増えると思う。この状態なら医療サービスの値段を増やせるよね。
 でも、今の日本は物の値段が上がって給料の中から自由に使えるお金で買えるものの量が減っていて、その上に社会保険料もどんどん上がっている。経団連はこれ以上社会保険料を上げると国内で物が売れにくくなるからやめてくれって言うくらいに社会保険料は上がっている。
 それに、病院のユーザーの大多数がお年寄りで窓口負担でもらえる収入を増やすには、お年寄り以外の負担を増やしたってほぼ意味がなくて、お年寄りの負担を増やすしかないんだけど、それは前に行った理由で絶対にできない。
 税金からの補填を増やすとしても、増税ラッシュになる。インフレ&不景気で悩んでいる国でやることではない。
 というわけで、医療業界のサービスの値段はインフレ分が反映されない(できない)ことになってしまった。
 

医療業界に国が求めること

 ようは国はもう医療業界の求めに応じてお金を出すことができなくなってしまったということだ。
 国としてはお金は出せないので、今度は医療業界に自分たちでこの状況を乗り越えるように誘導し始めている気がする。
 
 さて、どんな業界でも業績が悪くなった会社は経営改善に乗り出す。そのときにやることになるのは
 ・効果が上がっていない無駄なことはやめる
 ・業務の効率化を図って作業する人員を減らす
 ・事業所や工場を集約して無駄をなくす
           みたいなところなんだと思う。

 医療業界も多分に漏れず国からこういうことを求められる様になる、というか診療報酬の改定を見るとすでにこういうふうになっている気がする。

 例えば、この間の改定で回復期(リハビリ)病棟で体を元気な頃のように動かせるようにするリハビリの一日の上限が下げられた。どうやら、今までの上限の時間分リハビリをしても効果が出ていないらしい。国は、少しでも医療費を減らしたい事もあって、無駄をなくすためにこういう事になったらしい。
 あと、リハビリ病棟に専属の医師がいることによる加算も減らされたらしい。なぜなら、専属の医師がいてもイなくても患者さんの回復度合いはあまり変わらなかったかららしい。

 このように、国は医療機関に明らかにコストパフォーマンスを求めていることがわかる。これは、リハビリ病棟に限らない。

 病院は入院している患者さんの重症度合い(=看護師さんの手がかかる度合い)にランク付けされていて、それによってもらえる金額が変わるらしい。ランク付けは急性期1から6まで振り分けられているらしい。
 しかし、急性期1という一番手間がかかる病棟とはいえ、いろんな患者さんが入院していて看護の必要性はそれぞれ変わってくる。
 しかも、病院のお年寄りの割合が増えた結果、誤嚥性肺炎や尿路感染のようなお年寄り特有の比較的手がかからない病気の患者さんが増えたみたいだ。
 国としては看護の手がかかる患者さんを集めて、そうではない誤嚥性肺炎とかの患者さんは看護師さんの少ない病棟に集めて医療費を減らしたいと考えた。
 あと、お年寄りは入院している間に寝たきりになる人も多いようなので、軽い症状だったらリハビリをして寝たきりを防ぐことで医療費の増大を防ぎたいという思惑もあるらしい。
 そこで、国はただ治療を受けるだけではなくリハビリも行う「地域包括ケア病棟」とか「地域包括医療病棟」という病棟のジャンルを作り出した。

 そして、この病棟に比較的手がかからない患者さんを集めることと急性期1のカテゴリの判断基準を厳しくすることで、国は①本当に重症で手がかかる患者さんが多く看護師さんも多い病院と、②あんまり手がかからない患者さんが多く看護師さんが少ない病院にはっきりと分けたがっているようだ。

 なんでこんな事をするかというと、日本は中小の病院が乱立していてそれぞれの病院がMRIとかCTのような高価な医療機器を持っていて、外国に比べるとMRIとかCTの台数がすごく多いんみたいなんだ。

 でも、重症な患者さんが多いところにMRIとかCTを集中的に配備したり、手術をガッツリやる病院に麻酔科の先生とかにいてもらって、地域包括ケア病棟とか回復期とか療養期の病院にはあんまりそういうものを置かないようにすれば経費削減になるということらしい。
 
 そして、やがては人口が少なくなっている場所や経営が厳しく立ち行かなくなっている病院同士を統廃合することで無駄をなくしていこうということも国は目論んでいるように思える。

 つまり
  ・効果が上がっていない無駄なことはやめる
    →回復期病棟の加算の廃止
  ・業務の効率化を図って作業する人員を減らす
    →急性期1の基準の厳格化、地域包括ケア病棟
  ・事業所や工場を集約して無駄をなくす
    →病院同士の統廃合
              ということになる。

 普通の業界と求められていることは同じだよね。ただ、もちろんこれによる弊害は起きてくるでしょう。例えば、近くの総合病院がお年寄り向けの病院になったり統合されて、救急搬送に時間がかかるみたいなことは起きると思う。ただ、もう日本にはそこら中に大きい病院を持っている体力がないのでもうしょうがないことなんだと思う。

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