バラはやめたほうがいいです。売れないです。〜愛媛県の場合〜
川本町の移住体感オンラインツアーに参加したあと、まとまらない考えを引きずりながら、私は交通会館に向かった。
この日、交通会館のホールでは、愛媛県の移住セミナー・個別相談会が開かれていた。
セミナーは予約制であったが個別相談会は予約不要で、県の移住相談窓口・就農に関する相談窓口・愛媛県の一次産業女子ネットワーク「さくらひめ」の相談窓口がある、とのことだった。
川本町のオンラインツアー終了時刻ですでに15:00をまわっていたため、私が交通会館に到着したのは16:00近かった。
相談会は17:00までということなので、県の相談窓口で移住全体の相談をするよりは、道を端折って農業の情報を収集するほうがよいと判断し、会場に到着し、最初の登録用紙を記入するなり、近くにいたスタッフに「就農について相談したい」と声をかけた。
すでに、会場にお客さんの姿は少なく、店じまいの雰囲気が漂っていた。
私が声をかけた2人組のスタッフも、暇を持て余して談笑に勤しんでいた。
そこへ急に声をかけられて驚いたのか、2人組のスタッフは、再び、みたびと私に尋ね直し、「農業のご相談でしたら、こちらのさくらひめのブースにどうぞ」と案内をしてくれた。
紹介されたブースにいくと、そこには女性が2人、座っていた。
私は「就農について相談したいのですが、よろしいでしょうか。」と声をかけた。
すると、向かって右側の女性が、驚いたような表情で私を見て、「どのようなご相談でしょうか。」と問いかけてきた。
急に、私はひどく場違いなところへ来てしまったのではないかと、不安になった。
移住相談のセミナーに参加した人しか、来てはいけなかったのだろうか。
もっと若い人でなければ、来てはいけなかったんだろうか。
あるいは、なにかもっと決定的に、「この人じゃない」というものを感じたのだろうか。
昨日、友人2人と話をした際に、友人「B」から、「急に移住して急に農業とか、やめたほうがいいんじゃな〜い?あんたみたいな小さいおばちゃんが単身乗り込んでも、役に立たないよ〜。」と言われたことを思い出した。
そうか、見た目からして、本気で農業をやろうとしている人には、見えないということか。
帰りたい気持ちを抑え、「農業をやりたいと思っていて、できれば花がよくて、愛媛県は花の生産量もそこそこあるので、相談に来ました。」と切り出した。
右側の女性は、険しい表情のまま私に向かってこういった。
「愛媛県は、そんなに花の生産量は多い方ではないですよ。基本的には果樹や野菜が多いので。」
私は慌てて、「西条市ではバラ農家が多いようだったし、バラの生産量は多いと思うので。私は、花の中でもできればバラを作りたいと思っています。」と修正した。
これを聞いてもなお、右側の女性は表情を一切崩さず、「確かに西条市ではバラを作っていますけどね……」と思案深げに口に出したうえで、言い添えた。
「バラはやめたほうがいいですね。施設を作るのも相当な投資がいるし、石油の値段が上がっているので維持費もかなりかかりますね。あと、このご時世だから販売先が少なくなっていて、売れないですね。」
ばっさり。切られた。
バラの生産は、そんなに簡単じゃないだろうことは想像できているが、まさか相談窓口に来て止められることがあるとは思わなかったため、動揺を隠しきれず、震える声でこう聞いた。
「そもそも作り方を学ぶ必要があるから、どこかで研修を受けたりする必要もあるし、就農に関する支援などもあるんじゃないかと思ったんですが。」
眉ひとつ動かさずに、右側の女性は「研修は、県の農林水産研究所で行なっていますけれど、花きをやっているかは聞いてみないとわからないですね。年齢制限もありますけど、こちらから聞いてみましょうか?」と矢継ぎ早に返してきた。
右も左も分からない自分が、いきなり県の施設に電話をする、という勇気がなかった私は「お願いします」と小さな声で答えると、もう粘るのはやめて帰ろうという気持ちになっていた。
そわそわしだした私の様子が気になったのか、右側の女性は、今度は左側の女性に手を向けてこう言った。
「こちらの方、愛媛県の一次産業女子ネットワーク・さくらひめに所属されている方で、農業をしている方です。なにかお聞きになりたいことはありますか?」
さくらひめのことは予め調べてあり、興味はあったが、今はほとんど泣き顔の私にとって、なにか生産的なトークができる気がしなかった。
しかしこんな手ぶらで帰宅するのも、さらにみじめに思えたため、私に就農の可能性をがあるかないか、図るひとつの指標にしようと思い、こう尋ねてみた。
「女性単身で移住して農業を始めた人は、さくらひめにはいらっしゃいますか?」
すると、左側の女性ではなく右側の女性が、慌てた様子で話を遮った。
「こちらの方はご夫婦で農業をされています。さくらひめで女性単身でやっている方はほとんどいません。」
本日の話はすべて終了した、と思った。
帰ろうとする私に、右側の女性はこう言った。
「後ろのブースがJAさんなので、JAさんにも聞いてみるといいですよ。」
もう帰りたい気持ちでいっぱいなのだが、せっかく紹介してもらったのにその気持ちを無視して背中を向けるのは、さすがに気が引け、小さくお礼を言って私はJAのブースに立ち寄ることにした。
JAブースには、男性が2名座っていた。
「あちらのブースで紹介されて、立ち寄ったのですが、相談してもいいですか?」
自分でも驚くほど、小さな声しか出なかった。
男性は2人とも、まったく聞き取れなかったらしく、「なんですか?」と聞き直してきた。
再度、さくらひめブースで紹介されたこと、農業をやりたいと思っていること、特にバラを作りたいと思っていることを伝えると、2人は動揺したように顔を見合わせた。
右側の男性は、「なんで花なんですかね?」と、他に言葉が出ない様子で私に尋ねた。
「絶対花じゃなければならないわけではないのですが、花が好きなので、できれば花で農業に携わることができないかなと思っているだけで……」
花の農業は、それほどまでに特殊で、それほどまでに望まれていないのか。
私はますます帰りたい気持ちが膨らみ、ほとんど椅子から腰を浮かしたまま答えた。
そして「さくらひめのブースでは、花きの研修をしているところもあるので、受け入れできるか確認してくれるとのことでした。JAのブースでも、なにか情報がないか聞いてみるといいと言われました。」と付け加えた。
次に左側の男性が口を開いた。
「研修や支援制度なんかは、あっちのブースの人たちとも情報連携して、また調べてお教えしますから。」
そして名刺を差し出した。
私は、おそるおそるその名刺を受け取り、お礼を言ってJAブースをあとにした。