アニメ版ATRIに対する今後の懸念点(原作ネタバレあり)
※本記事はゲーム版ATRIのネタバレを多く含んでいます
こんにちは、matchanです。
まずはATRIに関わる全ての方々へ感謝申し上げます。
一人のATRIプレイヤーとして、ギャルゲプレイヤーとしてATRIのアニメを見ることができることに感謝いたします。
その上で、今回はアニメ版ATRIを見ていて感じた今後の懸念点を言語化できたのでそちらを投稿いたします。
結論
ロボットモードのアトリに対する評価が怖い
ATRIをアニメだけで評価されてほしくない
アトリに対する評価の二分化
ATRIという作品の見せ場の一つが、夏生がアトリの日記を初めて見るシーンです。
これまでの無邪気さ、反応、会話が積み重なり、プレイヤーは夏生に感情移入し、またアトリと両想いになれたと信じ込んでいる状態です。それは、相手がロボットであることを忘れてしまうほどに。
そこへ、実はこれまでのアトリの言動や会話が、全て学習の結果だという現実が突きつけられます(この時のアトリをロボットモードと表現します)。
プレイヤーがこの現実を”残酷”だと感じて打ちのめされるのは、プレイヤーに対してそう感じてもらえるだけの十分な時間と情報量をかけているからです。
そして、これは恐らくアニメでかける時間や情報量では不十分ではないかと考えています。
つまりは尺不足ということ。ここでは、そもそも脚本をどう変えようがアニメで使える時間では不可能だと主張します。
これは仕方のないことで、アニメには時間という絶対制約があるからです。
以上をふまえ、私が懸念しているのはこのシーンをアニメ勢がどう思うか。
私は下記に二分化されるだろうと考えています。
ゲーム既プレイ勢と同じように打ちのめされる
いきなりそんなこと言われても…
アニメではゲーム以上にアトリが無邪気に描かれています。となると、ロボットモードのアトリはさぞ強烈だと思います。
他方、時間と情報量がゲームとアニメとで違う上、アニメは大筋をゲーム通りにしているだけで改変されたり省略されている部分があります。
ですので上記の二分化されるだろうなと考えています。
で、怖いのは2の該当割合が多くなることです。
ぶっちゃけ「は?」となる人が出てきてもおかしくない気がするんですよね。こっちは大して感情移入もしてないのにいきなり何言ってるの?意味わからんし、みたいな。
クライマックスがもしゲーム通りなら、アトリは心を持っているという作品一番の見せ場シーンに突入します。
さて、どう感じるのでしょうか。
アニメだけで作品を評価されること
一人のギャルゲ・エロゲプレイヤーとして断言できます。ギャルゲ・エロゲは非常にニッチで参入障壁が高く、人を選ぶ趣味・文化です。
おそらく日本で最も有名なエロゲ・ギャルゲメーカーの一つであるKeyの作品でさえ、未プレイ者の方が多いと考えています。
そんな状況において、ATRIをプレイする人がアニメ勢の中からどれだけ誕生するのでしょうか。
これはATRIのアニメが成功したかどうかの尺度になりうるでしょう。さらに言うなら、ANIPLEX.EXEの売り上げが上がることが理想ですね。
おそらく、どれだけ成功してたとしても難しいのではないかというのが私見です。
確かにATRIはロープライス作品な上、PC以外にも色々な媒体でプレイできるので、他のギャルゲに比べればそこまでプレイまでの敷居は高くありません。
しかしそれでも難しいと思います。
であれば、ATRIをアニメだけで評価する人が出てくるのは当然ですよね。
これが二つ目の懸念点です。
もちろんギャルゲに限らず、原作のあるアニメ作品をアニメだけで評価するのはナンセンスです。
ただそれは正論であって、現実的にアニメ勢は基本的にアニメだけを見る人でしょうから、原作まで追いかける時間もないでしょうし、追いかけるまでもないと判断されてしまえばそこまでです。
ギャルゲ原作であるATRIの場合は、特にそうなる確率が高くて非常に怖いなと思ったのです。
おわりに
暗い話になりましたが、勘違いしてほしくないのは、私もATRIが大好きだということ、アニメに期待しているということです。
ギャルゲのアニメ化には、漫画やラノベのアニメ化とは別次元のワクワク感があります。
大袈裟ですがちょっとしたお祭り状態です。