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お守りを手に入れた話

ブラックリングをとうとう購入した。

右手中指にはめる黒い指輪は、アセクシュアルのシンボルの一つである。

別に、世間に対して声高に、「私は他者に対して性的欲求を抱かないタイプの人間です!」と叫びたいわけではない。しかし、私はお守りが欲しかった。運命の人と添い遂げることが最大の幸せだと言われる世界の中で、1人のほほんと生きていくためのお守りが。

就職活動をする中で、人事の方に「女性として働く上で大変なことはなんですか」と聞くことがある。福利厚生の制度を確かめるために「産休・育休の取得率はどの程度ですか」と聞くこともある。自分は女だからどうのこうのと考えたこともなく、子供を産む未来も見えないけれど、建前上聞いてみる。

ある企業の説明会では「就職活動は恋愛に似ている」と言われた。就職活動は企業と学生の価値観をマッチングさせる機会であるという意味だ。「みなさんもそう思いませんか?」という問いかけに、微笑みながら頷いてみる。恋なんてしたことがあるかわからないくらい、自分には縁遠い感覚なのに。

今年に入って、自分の将来について、より想像を巡らさざるを得なくなった。自分が配偶者も持たず、子供も作らない選択をしたとして、両親や祖父母は何と言うだろうか。女1人で経済的自立ができるのか、生計を立てるのでギリギリにはならないか。

世間の普通と、ありのままの私の距離の遠さを感じた気がして、少し怖くなった。だから、お守りが欲しかった。気が変わる日なんて来ないかもしれないけど、気が変わる日まで今のままでいいと思えるようになるためのお守りを買った。

熱心に指輪を眺める私が気になったのだろう。ジュエリーショップの店員さんが声をかけてくれた。

「黒い指輪が欲しいんです」

これみたいな、とステンレスのシンプルな指輪を指し示すと、ちょっと驚かれた。

「真っ黒なやつですか?もっと可愛らしいデザインのものをお求めかと…」「お呪いみたいなものです」

にへら、と笑ってお茶を濁すと、「嵌めてみますか?」と言ってくれた。十字の模様が刻まれた黒い指輪が、私の右手中指で輝いた。敬虔なクリスチャンではないけれど、ミッションスクール出身で十字架には馴染みがあるので、お守りにはぴったりだと思った。

小さな儀式を終えたような心持ちになって、帰り道に寄った書店で本を眺めつつ、胸の奥でこみ上げる何かをやり過ごした。

私はこれから生きる道を見守ってくれる、頼もしい相棒を手に入れた。硬いし、冷たいし、喋らないけど。この相棒と共に、人生を大きく左右する一年に立ち向かっていきたい。

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