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マタタビの小説(8)

こんにちは。物語は少しずつ動いていきます。


麗良の印象

 
 Toitterにおける麗良はいつも冷静であった。感情が飛び交うSNSの場においても、物静かに淡々と発言を続けていた。思うことがあっても、感情を抑えて演じていたのである。本来の自分とはまったく異なる、別の人物像を作り上げていた。それがSNSでの楽しみ方でもあると彼女は考えていた。しかしそれは、本当に麗良がなりたかった理想であったともいえるかもしれない。

 拓望は、そんな麗良の発言を追いかけた。凛として反対勢力と議論しているかと思えば、仲の良いフォロワーとは楽しそうにやり取りをしている。プロフィールには看護師と紹介されている。やはり医療従事者、あるいは研究者でなければ先程の発言は出来ないであろう。そんな麗良の発言を見ていると、スレッドに志保のアカウントがあった。やり取りもいくつか行っているようだ。
トークの内容を見ても、やはり麗良は落ち着いた様子で、志保に語りかけていた。

「れらりんさんの内容、しっくりきました。私も同じ仕事をしているとは思えないです。どうやったらそおなれるんですかあ?」

『しほさかさんは、そうは言ってもよく理解されているとおもいますよ。むしろ私が教えて欲しいことがあるらいです。』

「えー。れらりんさんにそう言ってもらえると嬉しいですう。
 明日からの頑張る元気をもらえた気がします。」

『同じ仕事仲間です。環境が異なれば、お互いが知らないことも経験しますからね。またいろいろ教えてくださいね。』

「はーい、ありがとうございますー。」

 
 なんとも気さくな会話である。職業で繋がったのか、趣味で繋がったのかはさておき、こういう見ず知らずの他人と交流できるということが今の拓望にとっては興味深いものとなっていた。

 一度スマホを置いて、拓望はソファに寝そべった。SNSにおいて自分が繋がるべき対象は、どういう人たちなんだろうかと考えた。医療系は当然候補に含まれたが、車が趣味の繋がりも悪くない。他に今の自分が興味あることはなんだっけな……
 しばらく考えてはみるものの、すぐにまとまらないと感じた拓望はスマホをテーブルに置き、天井を見ながらただぼーっとしていた。

 しばらくしてから、ある程度SNSの流れを確認する意味も含めて、拓望は志保の発言に返信してみることにした。


志保のプライベート


 志保はSNSにかなり前から加入しており、多職種のフォロワーと交流していた。すでにフォロワーは8000人に達する、比較的大きなアカウントであった。志保は情報に敏感な方であるため、その収集の目的で始めたものの、気が付けばこれだけのフォローを受ける状態になっていた。どちらかと言えば麗良とは対照的で、感情を前面に出して発言するタイプだった。だからこそ受け入れられたのであろうし、非難も受けやすかったのかもしれない。だが志保は扱いも慣れており、多少の非難くらいでは気にすることもなかった。彼女の陽気な性格も関係していたかもしれない。
 志保には交際中の相手がいた。年の近い同じ病院の放射線技師であった。まだ付き合って日が浅いが、志保にとっては初めての彼氏であり毎日が楽しくて仕方なかった。何をするにも初めてづくしであり、新鮮な毎日であった。
 だが、些細なことから喧嘩することはよくあった。決まってそれは志保の我儘な気質からによるものが多かった。彼女にとっては、甘えたいだけの事であったが、それが結果として相手を束縛することになっていることが、若い志保にはまだ分からなかった。

「今日は、またお家に行ってもいいかな? 手料理作るからね。」
「明日はお休みだよね? どこ行く? 志保はお買い物に行きたいな。ね、いいでしょ?」
「お誕生日、まだ3か月先だけど何が欲しいのかな? いろいろ考えてるけど、なかなか決まらなくて。今度一緒に見に行こうよ。」

 志保にとっては相手と一緒に居たい一心でのアピールであったが、それが時として相手の重荷になることもある。恋に盲目であった志保には、それが分かるはずもなかった。

『今日は、いいや…… ゆっくりしたいんだ、今日は。』

 相手からの短いこの返信を受け取った時、志保は傷ついてしまった。と同時に、やり場のない怒りを覚えてしまった。感情がコントロールできない志保は思ったことをそのまま送信してしまったのだ。

『もういいから…… そっとしといてよ、今日くらい。
 重たいよ、志保。』

 必死に尽くしたはずなのに、思いもよらない返事を受け取った志保はただうろたえるしかなかった。頬には涙がつたっていた。その日はもう何もする意欲が湧かなかった。

 翌日になっても、彼からの連絡はなかった。志保も敢えて連絡はしなかった。何をすべきかが経験も無く、分からなかったためだ。その夜も、あくる日の朝になっても彼は無言のままであったため、昼休憩の際に志保は放射線部に向かった。レントゲン業務中の恋人の手が空くのを待ってから、話しかけた。

「ねえ、この前は私ばっかり言いたいこと言って、ごめんね。あなたの気持ちを考えたりできてなかったね。」

『もう、いいだろ。返事が無いってことが、俺の返事だから。』

「え? それって、まさか…」

『もう俺の事は構わないでもらえるかな。もうやめよう。』


 そう言うと、相手は控室に静かに入っていった。志保はただ茫然としてその場に立ち尽くすしかなかった。自分なりに気持ちを落ち着かせてから、重い足取りでその場を離れた。

 そのまま志保は外来スタッフの控室にゆっくりと向かっていたが、その際に見つけたのがこの病院で最後のアルバイトを終えて帰路につく拓望だったのだ。
 志保は拓望を好きだったわけではなく、ただ今の辛い気持ちを聞いてほしかった、相談したかった、そんな気持ちで拓望に声を掛けたのかもしれない。だからこそ、病院の中であっても大きな声で拓望を呼び止めつつ、走り寄ってしまったのかもしれない。

 だが、拓望を目の前にしては実際にそれを言い出すことはできず、ただ表向きの挨拶に徹するしかなかった。そこで気丈な振る舞いをしていなければ、きっと泣き崩れていたに違いない。

 その日の夕方勤務を終えた志保は、その後ロッカールームでただ泣き崩れていたのだった。溢れる涙をこらえ切れず、延々と。これが拓望との約束の時間に大幅に遅れた理由であった。


今日はここまでにします。また続きをお楽しみに。


次回予告

・オフ会でのやりとり

・志保の気遣い



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