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マタタビの小説(14)


時間があったので、続けてみました。


友人との別れ


 麗良はその日の勤務を終えた。休憩で目にした写真の印象が頭から離れず、その日は何もできなかった。恐怖の感情のみがただただ襲ってくるような状況であった。
 どこからか自分の生活が見られている、いや覗かれていたのだ。自分の知らないところで、あの監視カメラが自分を追いかけている。機械がそのようなことが出来るはずもなく、相手が人間であることは当然わかっていた。だからこそ恐怖でしかなかった。
 なぜそもそも私を付け狙うのか、目的は何なのか。言葉のない恐怖にただ怯えるしかなかった。いわゆるストーカーなのか。だとしたらどうして私のSNSアカウントを知っているのか。冷静さを失ってしまっていた麗良には、とても気持ちを整理できない状況だった。自宅から外出するにしても、またカメラが私を監視しているかもしれない。麗良は買い物に行くことも出来ず、自宅でただ蹲っていた。

 自分は何も他人を傷つけるようなことはしていない。平日なんか仕事と家の往復しかしていない。休日だって、欲しいものを買いに出かけるくらいしか最近はしてない。
 以前は地域のサークル活動もしていたが、この一連の騒動になって数年は顔も出してない。仲良くも出来ていたし、喧嘩や言い合いもしていない。男性には告白されたこともあったけど、それだけで進展もなかったし。まさか、その人が?でも何の為に? つい最近も復帰の打診で普通に連絡もしてくれてたし。まさかね…

 思い当たる可能性をいくら考えてみても、結局は分からず仕舞いだった。だからこそ、素性も知れない相手に怯えるしかなかった。
しかし、ただ怯えていても何も始まらないと思った麗良はいつも通りの生活に戻るべく、夕食の準備を始めていた。

 食事を終えて洗い物をしていた時、友人から電話があった。結婚報告をしてくれた友人からだった。気持ちを落ち着けて、麗良は電話に出た。

「あ、麗良ちゃん。今日は急にメールでごめんね。仕事中だと思って。どう、驚いたでしょ?」

『あ、うん。連絡ありがとう。ついに結婚だね。本当におめでとう。なんだか自分の事みたいに、嬉しくなっちゃったよ。』

「うん、ありがとう。麗良にそう言ってもらえると凄く嬉しいよ。嬉しいんだけど…」

『ん? どうかしたの?』

「私ね、結婚して、彼の実家近くに引っ越しすることになったんだ…」

『え、そうなの? 確か彼氏さんの実家って、、、青森、だったよね?』

「そう。彼が今の仕事を辞めて、実家の家業を継ぐことになってね。ほら、彼は長男だし… まあ、私は資格職だからどこでも仕事をやろうと思ったらできるんだけど、まあしばらくはね。ゆっくりしようかなって。」

『そうなんだ。遠くに行っちゃうんだね。なかなか会えなくなっちゃうのかなあ…』

 本当は淋しい、と言いたかったが友人の幸せな門出でもあり、麗良はぐっと堪えた。本当は自分の今置かれている状況を聞いてもらいたくて仕方が無かった。

「そうだね、でも今生の別れというわけじゃないから、きっと近いうちに東京に遊びに来るからね。きっとだよ。」

『うん、きっとだよ。 それで、結婚式はいつ頃とかもう決めたのかな?』

「それがね、できたらこっちでやりたかったんだけど、ほら例の感染症のことがあるでしょ?彼の両親がどうしても東京には行けないって…
 だから、しばらくは空白なんだ。いつになるかわからないけどきっとこの状況は落ち着くと思うから、それからでもパーっと盛大にできたらいいなって思ってる。」

『そっか、そうだよね。今のこの状況じゃあ、仕方ないところもあるよね。楽しみにしてたんだけどなあ。』

「そうだよね、私も麗良の時には絶対に駆け付けるからね。」

『うん、ありがとう。絶対に呼ぶからね。』

「うん。もちろんだよ。じゃあまた連絡するね。」

 そう言って、電話は終わった。
心の余裕の無い状況の中で、いずれやってくるであろう友人と離れてしまうことになるという悲しみが更に彼女に伸し掛かった。

 

拓望と麗良のやり取り


 麗良は次の日の朝、喉の強い痛みで目覚めた。起き上がろうとすると体がだるい。唾を飲み込むにも痛みが強く、億劫になるほどであった。体温を測っても平熱であった。時々扁桃腺を腫らせることがあったが、今回はどうも違うようだった。
 起き上がって身支度を始めたが、思うように体が動かない。水分を摂るにも嚥下痛が強い。朝食もろくに摂ることができなかった。
 本来なら、職場に連絡して休暇を申請するところであるが、理由を言おうものなら、必ず新型感染症の検査を受けさせられる。万が一陽性の結果になろうものなら職場はパニックになるだろう。幸いにも声は普通に出すことが出来たため、熱も無かったことから、マスクをすることでなんとか凌げるであろうと考えた麗良は、その日出勤することにした。昨日のこともあり睡眠だけはしっかり摂れていたからでもあった。ただやはり体には応えていたためか、SNSでこんな発信をしていた。

「朝起きたら、すっごく喉が痛い。でも熱は無いし、声も出ます。ただの風邪だよね? 皆さん今日も頑張りましょう。行ってきます♪」

 出勤した麗良は、タスク表を見て少し胸を撫でおろした。今日は勤務の中でも比較的楽な検査介助の日だったのだ。いつもの勤務の激しさと比べても今の体調の麗良には有難いことであった。
 午前中の勤務を終え、休憩までなんとかやりきった。喉の痛みはまだ強かったため、水分とプリンを食べることしかできなかった。
 SNSには麗良の体調不良を案じたメッセージが複数送られてきていた。一度も会ったことのない、でもメッセージのやり取りで繋がっている人たちが自分を見てくれている、そしてこうやって励ましてくれている。麗良は辛い状況の中で、少し気持ちが和らいだ。
 そんなメッセージに目を通していく中に、拓望からのメッセージを見つけた。先日ぶしつけな相談をされ、いい気持ちはしていなかった。だが彼からのメッセージは何か気になって開いていた。

「れらりんさん、大丈夫ですか? 喉は食事にも影響しますから辛いですよね。鏡で扁桃腺は見ましたか? 腫れていませんでしたか?
 あと、首の付け根のリンパ節は触れたりしませんか?」

 それは普段の診察にも等しいものであった。体調の良くない人をほおっておけない彼の気質によるものなのかもしれない。きっとそこには深い意図は拓望には無かった。
 そんな必死な拓望に対して、麗良はそっと微笑みつつ、こう返信した。

『わざわざどうも。喉が痛いだけですから。熱も無いですし咳も出たりしていませんから。ちょっとしたウイルスなんでしょうね。もちろん、ヘンテコなものではないでしょうから。笑』

「そうですか、なら良いのですが。最近は黄砂も飛んでいるようですから、それで喉を傷めただけならいいですけどね。噴霧ノズルとか、のど飴もいいいのではないでしょうか。お大事になさってください。」

 拓望の素早い返信に、麗良はわずかではあるが親しみを感じていた。

『はい。帰りに薬局に寄って試してみますね。効かなかったら、どうなさっってくださるんでしょうね……』

「え? それを言われてもさすがに問診だけでは…」

『ふふっ、それはそうですよね。冗談に決まってるじゃないですか。もしかして、真に受けられたとか、ですか?』

 少しだけ、喉の痛みも和らいだ気がした。



今回はここで終わります。

(予告から一部変更しました。。。)

 




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