第一話 はじめてのえろ本

昔はね、道端にえろ本が落ちていたんだよ皆さんは、覚えているだろうか?道端に落ちているえろ本の存在を。公園や道端、至る少し茂みに入ったりすると、そこにはあったのだ。えろ本が。

様々なえろ本がある、若いお姉さんのえろ本、ぽっちゃりな熟女のえろ本、黒塗りの雑な修正であったが、それでもとても興奮したのを覚えている。当時は5才くらいだったと思う。私は、友達の家によく遊びに言っていた友達の家はとても近い、よく一緒に遊んだものだ、その友達の家に行く途中えろ本の束を見つけるのだ。そこは、竹林のすぐ近くで、私はその道を2度3度往復して周囲に人がいないことを確認し、えろ本の束を竹林に持ち込んだ。そして、縛ってあるビニール紐をなんとか外し、竹林で一人読みふけったものだ。そもそも、友達の家に遊びに行く約束はしていないので、時間などお構いなしにえろ本を楽しむ。ふむ、私は5才でえろ本に興奮を覚える変態なのだ。私の変態さは筋金入りだ。見てはいけないものをみる興奮、それは今でも忘れない、身体の内側に沸き起こるエネルギーを確かに感じるのだ、呼吸は浅くなり、周りの音はあまり聞こえなくなる、私は、えろ本を舐めていた。それが紙だとわかっていても、舐めずにはいられない興奮があったのだ。ドクドクと音を立てながら、心拍数が上がるのを感じる。今思い出しても、あの時の興奮は最高だ。だが、どう頑張っても5才なので、読んで興奮するだけの生き物なのだ。私は母に、『大沢くんちに行ってくる』や『自転車乗ってくる』など適当なことを言い、家を出てはえろ本を嗜んだ。

そして、大沢くんと遊んでいると『こっち来て』と大沢くんが言う。私は『なに?』と言いながら呼ばれた竹林に行く。私は、自分が隠したえろ本が見つかることを恐れ(バレるバレるバレる)と心の中で思いつつ、なんとか平静を装いながら、案内された場所へ到着する。それは紛れもなく私が嗜んでいたえろ本を置いている場所だった。

『見てんこれ』とえろ本を差し出してくる。『なんこれ!?』と大げさに驚いて見せる。大沢くんは『えろ本』とだけ言った。どうやら、大沢くんは私が竹林に持ち込んだえろ本を自分自身が見つけたものだと思っていたらしく、私が追求されることはなくほっと、胸を撫で下ろした。その後は、大沢くんが楽しそうに見ているのを確認した上で、『うわっ、エッロ』などと言いえろ本を楽しんでいた。しばらくして、『もうそろそろ行こう』と大沢くんが言う。『そうだね、行こう。』そして、竹林を出ようとした時、私は『待って』といい、『ちんちんの見せ合いっこしよう』と言った。おおさわくんは『うん良いよ』と言い、リトルウェポンを出してきた。

それは、紛れもなく5才のリトルウェポンである。皮は向けておらず、少しばかりカスがある、しかし硬かった。私のリトルウェポンと、大沢くんのリトルウェポンは気づけばチャンバラごっこをはじめていたのだ!!

チャンバラごっこは股にライトセーバーを挟んで戦うような姿をイメージをしてもらえるとわかりやすい。5歳児でもしっかり大きくなるのだ。大きくなっても、赤いウィンナーくらいのサイズではある。リトルウェポンがぶつかっても、掛け声はなくしばし二人の世界だった、聞こえるのは風の音、竹が揺れる音、それだけだ。

30秒ほどで、リトルウェポンによるチャンバラごっこは終了した。お互い恥ずかしさが限界に達したのだろう。『今日のことは秘密ばい!』と言われ、『うん』と言いそのまま大沢くんの家に遊びに行った。その後は、5歳児らしくゲームしていた。

こんなにも、性浴にまみれた1日を過ごしたにも関わらず、その後は普通の5歳児なのだ。私は親の目を盗みまたえろ本を探しに行く。

お互いが5歳ということもあり、ボキャブラリは少なく、熊本弁で喋っているので聞きなれない言葉がある。難しい言葉には解説をつけるので悪しからず。

5歳児の リトルウェポン 硬くなる(575のリズムで)

第二話 親戚と温泉

その日は、親戚と温泉に行った。

山の上にある温泉だ、硫黄の香りのはずだが、子供心におならの匂いだと感じる。親戚の中には年の近いお姉さんがいる。名を冬ちゃんという、仲はそんなには良くない。私の実家では私よりも兄の方が人気がある。顔の作りが良いのだ、それは自然なことで、当時はそんなに疑問には思わなかったが、多少肩身の狭さがあった。無論、冬ちゃんは私よりも兄の方によく話しかけていた。私は、一人静かにしていた記憶がある。

温泉に着くと母や親戚の号令により、混浴の温泉に入ることになった。当時は7才くらいだったはずだ。私が恥ずかしいと言っても聞き入れられることはない。しかし、皆さんはご存知だろうか『リバースサイコロジー』という言葉を、これは山羊座がよく使う性質の一つで、わざと逆のことを言って相手の反応を見るのだ。今回の場合、私は恥ずかしいと言って周りの反応を見ながら、温泉に入るのだ。ちゃんと恥ずかしかったというのを表現しているあたりとてもいやらしい。みなさまは、既にお気づきだろうが、そう私はむっつりだった。今でこそオープンにさせていただいているが、子供の頃はえっちぃことはダメだと思い抑制していたのだ。その後、私は硫黄の香りが立ち込める温泉へと向かい、更衣室で着替える。うす暗い、木造の作りだ。この硫黄香る温泉は半分露天風呂のような作りで、更衣室と温泉の間はいわゆる外だ、歩くと足に土がつく。地面がひんやりしているのが足裏を伝わってくる。更衣室には知らないお兄さんもいる金髪で目と眉毛が尖っている、少し怖い。こそこそと着替えて、タオルで体を隠しながら忍び足で温泉に移動する。

親が呼ぶので仕方なく、混浴の温泉に入る。温泉は格子状に区切られている。ところどころ盛り上がった泥がある、そこは、硫黄の香りが一際強かった。キョロキョロと見渡す。そこには冬ちゃんがいた。冬ちゃんは大きめのタオルで体の前を隠している。私は冬ちゃんの後ろにいた。見事なももが実っている。私が見たそれは、いわゆる10代のももである。ふっくらしている。とても美しいももであった。私は、体の内側から込み上げるエネルギーを感じずにはいられなかった。そのエネルギーはリトルウェポンに注がれる。私は、硫黄の香りが強いことなど忘れて、すぐさま温泉に浸かった。無論、視線はももである。しかし、困った大きくなったリトルウェポンを見られるわけにはいかない。私は、リトルウェポンをどのように沈めたのかは覚えていない。温泉の記憶もここまでしかない。その後どのように過ごしたか。私の記憶は美しいももでいっぱいである。

ももがいる たわわに実った ももがいる(575のリズムで)

第三話 兄と僕とじいちゃんの思い出。

一枚の写真がある。

父方のおじいちゃんが私の家まで来てくれた時の写真だ。そこに私はおもちゃを持っている。ウルトラマンの怪獣のおもちゃだ。子供の頃大事に遊んでいたのを覚えている。そして、その空間はとてもおしゃれだった。

実を言うと、この時の記憶は断片でしかなく、またアルバムの写真を頼りに思い起こしているそんな思い出なのだ。その場所はプールがあった。そこで私は生まれた時の姿で遊んでいた。この時はきっと4才くらいだろう。兄は服を着ていたままだと思う。正直記憶が曖昧である。私が覚えているのは、兄が私のリトルウェポンにシャワーをかけて遊んでいたのだ。この兄、太陽獅子座で月星座はさそり座である。すごい簡単に言うと、俺様主義で、嫉妬深いのだ、私の話を聞いてくれることはそうなかった。私が口をひらけばすぐ説教をするような人であった。月星座が水瓶座の私も私で個性的で未成熟であるが故に、当時の兄の気持ちがわからない訳ではないが、もっと話を聞いてくれたら、もっと仲良くなれたのではないだろうかと思う。だが、兄はそんなことなど微塵も知ることはなく、以前私のリトルウェポンにシャワーをかけて遊んでいる。母に助けを求める視線を送るも、母は笑いながら写真を撮っている。私で遊ぶのはほどほどにしておいて欲しい。ちなみに、この時私のリトルウェポンは大きくなりかけていた写真が残っている。

シャワーでな 遊ぶのは良いが ほどほどに(575のリズムで)

第四話 私がロリコンになった日

なぜ、子供のころは落ちているえろ本に対する嗅覚があんなに鋭いのだろうか?私は自転車で当てもなくサイクリングをしていた。決してえろ本を「探していた訳ではないはずなのだが、何か面白いことはないかなー?と思いながらサイクリングをしていた。そんな時私の嗅覚が何かを感じ取ったのだ!そこには、カバーが外れ全体的に痛んだ少し厚めの本を見つけたのだ。私はすぐさま拾い中身を確認するえろ本と分かるや否やすぐに服の中に隠し、急いで帰宅した。その当時、私はアパートの二階に家族4人と一匹で住んでいた。そこで、一階のプロパンガス置き場の近くでエロ漫画を堪能することにしたのだ。そこはあまり人が来ないのだ。このエロ漫画何かが違う。そう感じていた。当時はロリコンと言う言葉を知らなかった。だが、私が興奮を覚えたこのエロ漫画はろり漫画であった。

今でも、忘れられない。

あのシーン。

小さい女の子が、自ら下着を見せ、『見たいなら見てもいいよ。』

きっと、私史上最も興奮したのはこの時であろう。

私は山羊座である、山羊座という要素を持った生き物は簡単に言うとロリコンなのである。私はこの時自身が幼女という存在に興奮することを知ったのだ。山羊座の性質も同時に考えねばなるまい。山羊座の支配星は土星でなのだ。土星が司るものはいわゆる試練とか修行とかそういうものだ。季節感で言えば真冬みたいなもので、芽が出ないイメージなのだ。山羊座は子供の頃から不遇だったり、努力しても結果が出にくかったり、大変な日常を過ごしている人がほとんどなのだ。生まれた瞬間から、真冬な人生を過ごし、頑張っても認めてもらえず親や先生に『あなたはもっとできるんだから頑張りなさい』と言われ続けるのだ。もちろん多少誤差はあるが、大半の山羊座が自己肯定感が低い人生を歩んでいる。どのような星座であっても性犯罪はあるのだが、こういう幼女を狙う性犯罪は山羊座が多いのだろうと思う。せめて、試練の中に安心感があればグッと性犯罪は減るはずなのだが、そこに気づく大人や先生は少ない。では、なぜ幼女に行き着くのか、理由は簡単である。まず、同年代には相手にされない。よほど勉強ができる山羊座さんならそれはそれですごいが、そこまで覚醒している山羊座は1%以下だ。同年代に相手されなくてさみしいのだ。そして、年上のお姉さんと関わる機会があっても周囲からひやかしを受け、お姉さんが離れて行ったり、家族からあんまりたくさん遊んでくれるなと釘を刺されるのだ。残るは、幼女だ。この幼女は、私が何かをしたから関わってくれる訳ではないのだ。私が私でいるだけで、笑顔で関わってくれるのだ。他の人たちは、勉強ができるから関わってくれる、言うことを聞いてくれるから関わってくれる。何かをしたから関わってくれるのだ。そこで関わり続けるためには、その何かをし続ける必要がある。それは、とても私にとっては疲れることであり、さみしいことなのだ。このことを理解してくれる人は本当に少なく、子供が言っても『あなたのためを思って言うの、勉強なさい』とか誤魔化されるのだ。私は、母によく言う言葉がある、大人になったから言える言葉であるが『宗教をしてくれるから、息子でいられるのか?言うことをなんでも聞くから子供でいられるのか?』すると母は『そうではない』と答える。『ならば、宗教もやらないし、言うことを聞くかどうかはこちらで判断する』と伝え私の価値観を守っている。

私は、この時ロリコンになった、今はオールマイティ、ロリから熟女、イケメンまで超雑食性になったが、子供のころ私は間違いなくろりこんだったのだ。ここまで言うのが精一杯である。

しかしだ、ここでもし幼女のエロ漫画を読まなければ、私はロリコンになることはなかったのだろうか?

否、覚醒するのが遅れていただけで確実にロリコンになっていた。

きっと、山羊座の要素が強い人は様々な表現をするだろうが、ロリコンの気配がある。

私が唯一できるアドバイスはできるだけたくさん勉強して、お姉さんの魅力に目覚めるべきだ。お姉さんもとても良いぞ。女性は女性であるだけでかわいいのだ。そこに年齢は関係ない。私は今50代や60代の女性とも交流があるが、可愛らしい人はたくさんいる。それに、かわいいねと言えば、女性はどんどん可愛くなるのだ。私は、いろんな人にかわいいね言っている。そのうち、男の人にも言い出すだろう。

今は、人妻への興味が高まっている。

幼女好き 今は人妻 憧れる (575のリズムで)

第五話 習字教室の思い出

私は、少しだけ習字教室に通っていたことがある。あまりにも字が下手すぎて母に『あんたの字は踊っとる。』と言われるのは日常茶飯事だった。当時10才くらいだったはずだ。当然、月水瓶座の私はそもそも変わった子供だった。思えば『なんで?』といつも聞いていたのだ。その質問は物事の根源を聞きたがっていたのだ。しかし、私自身そんなことはわからず、『なんで?』を連発していたのだ。そんな私だから、友達は少ない。せっかくできた友達にもぐいぐい行きすぎて逃げられることが多かった。人に対する免疫はなかなか作られることはなかった。そんな中、習字教室に通うことになったのだ。母の一声であった。『あんたは字が下手だから、通いなさい。』と許可とかそんなものなかった。私は『うん、わかった。』とそれだけ返事したと思う。曖昧だが、私は子供の頃母の操り人形だったと思う。母のいうことは絶対だった。そんな記憶がある。母と私の星座はところどころ被っている。つまり、母も山羊座なのだ。そして、相性が良いのだ。相性が良い故に期待が大きくなるのだ。期待に応えないとそれはそれは激しく怒られるのだ。お互いが成長すれば頼り甲斐のある間柄になるのだが、仲良くなるのはまだ先の話である。

そして、習字教室に通い始めたのだ。先生の指導の元少しずつ上達していったが、一つ問題があった。それは、一緒に習字の学ぶ人たちが女の子ばっかりなのだ。私は鼓動がどんどん早くなる。呼吸が浅くなるのだ。そんな中でずっと習字を練習していたのだ。ある日、いつも通り習字を練習していた。もちろん、隣には女の子がいる。その女の子は黄色のノースリーブを着ていたのだ。私の座っているところから不自然に突起した小さなお花が見えるのだ。それは、成長する以前のいわゆる男の子か女の子か区別がつかない胸板ではなかったのだ。明らかに胸の先っちょの小さな花が咲き始めているのだ。あの咲き始めた小さな花を見れたのは生涯一度っきりである。私の興奮は最高潮に達したのだ。顔は赤くなり、視線は習字の紙に移した。恥ずかしくてそれ以上見ることができないのだ。私は、それからしばらくして習字教室をやめたのだ。恥ずかしすぎて私のキャパシティーを遥かに超える空間であったのだ。今思えばもう少し通っておけば良かったと思う。

胸板の 小さな花を 紙に書く(575のリズムで)

第六話 部活の思い出

私は、1年ほど、バスケ部に所属していた。小児喘息だった私は、運動を嫌っていた。母や、周囲の先生やら、同級生から『何の部活に入るのか?』聞かれたので、入らなければいけないんだと思い、特に理由もなく、バスケ部に入った。強いて言うなら、何となく、、、だ。何とか続けていたが、基礎体力もまるでない上に、小児喘息持ちなので、無理は出来なかった。だが、喘息は甘えと言う考えがあったのか、頑張って運動すれば治る、みたいな事を言われた記憶がある。そして、2年目を迎えた。そこには、とてもかわいい男の子がいた。名前はもう思い出せない。しかし、女の子と見間違えるほどかわいくて華奢な男の子だ。私は、言わずもがな女の子が好きで、今まで男の人とお付き合いをしたことはない。それはアラサーの今でも変わらない。しかし、この男の子があまりにもかわいいので、僕はこの子のリトルウェポンを食べたいと思った。てゅぽん、、、てゅぽん、、、って。私は、この頃からマスターベーションを覚え始め、毎日親の目を盗んで励んでいた。無論この男の子もおかずになった。白い肌、目の下にあるそばかす、チークを塗った様な赤いほほ。恥ずかしがっている仕草。どれをとってもかわいいのだ。もちろん、この子は私のおかずにはなったが、ほとんど会話もしていない。ほぼ私の妄想に付き合わされてただけなのだ。本当に、月水瓶座は雑食性だ。型にとらわれる事がほぼない。そこに、山羊座の変態さ加減が乗っかって、ただの変態が完成したのだ。願望はあるものの、山羊座の理性が止めてくれている。もし、法が整備される以前なら、きっと私は性に生き、性に死んでいく様な人生だったろう。次の生まれ変わりがあるなら、一度くらいAV女優になってみたいものだ。しかしまぁ、言っているだけで実際にはなることはない。そう、私はかわいい男の子をおかずにするだけして、実際には、おしゃべり一つ出来ないチキンやろうだったのだ。さすがは山羊座である。山羊座は覚醒するまでの間、自己肯定感がびっくりするほど低いのだ。いかにして、自己肯定感をあげていくかそれは、若いうちに取り組むべき課題である。

11才 ショタに目覚めて バイになる(5 7 5のリズムで)

バイになっても、男を抱いたことはないけどな☆

第六話 レンタルビデオ店の18禁コーナーに入った話

私は18禁コーナーが好きだ。子供の頃こっそりレンタルビデオ店の18禁コーナーに入った事がある。そこには、当たり前だが、アダルトビデオがたくさんある。そして、表紙にはたくさんのおっぱい。リトルウェポンはおっきくなっている。そして、歩きづらい。そして聞こえるおばちゃんの声『子供はそっちダメだよ。』『はーい。』と返事しながらでる。そして、一緒に来ていた兄に笑われる。ついでに、母にも報告される。まぁ、笑われるだけで済んだので良かったのだが、なぜ家族で来ているビデオ屋さんで18禁コーナーに入ろうとしたのか、、、いや、私が変態なのは認めるが、少しばかり疑問が残るのだ。まぁ、答えは出ないだろう。そう言えば私は、18禁コーナーに入ると興奮のあまりうんこをしたくなる。まるで、遅刻しそうな時に慌ててる時の様だ。よく本屋さんにい行くとうんこしたくなる人がいると思うが、私はそれが18禁コーナーでも起こる。私は今でも、18禁コーナーに入って楽しむだけ楽しんで何も借りずに帰る事が多々ある。きっと、読者の中にもそんな変態がいるだろう。

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