誠実に書こうとすること

自分が作ったものを世の中に送り出すには、それなりの勇気が必要だ。

作ったものは今日の自分にとってはかわいくとも、明日の自分にとっては醜かったりするものだ。

それが文章ともなると大変だ。人間は言葉を使って思考する生き物だから、言葉を世に放つなど、自分の思考そのものをそのままさらけ出すようなもので、あまりに無防備で不完全で危険な行為だと思う。

今日あった面白い出来事の話をしたとして、ある人にはさいこうに面白くても、別の人にはナイフで刺されたも同然の出来事かもしれないし。

だから僕はなるべく当たり障りのないように、どうとでも取れるように言葉を選びがちなところがあると思う。

加えて僕はいろんな意味でマイノリティとしての人生を歩んできたから、「言っても理解されないだろうこと」「非難の的になること」「相手にされないこと」がたくさんあって、大人になるに従って口をつぐむようになった。

話すのは危険な行為なのだ!

そんな僕に、あるときかわいい姪が産まれた。

かわいいかわいいと愛でるうち、この小さい人間が育っていく世界は、僕が違和感を持つこと、黙って我慢してきたこと、困っていることが、少しでも解決に近づいた世界であって欲しいな、と思うようになった。

そうか、何もしなければ変わらないなら、僕が僕の一部を差し出して、誰かが考えるきっかけの一つも作れたらいい、と考えるようになったのだ。

だから僕は姪にものすごく感謝しているし、このnoteを姪に捧げたいくらいの気持ちだけど、姪は知ったこっちゃないと思うので、とりあえず姪のことは忘れて自分の為に自分の思ったことを書くし、嫌になったらやめます。

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