私は私 カオリ:超えられない壁
リエコはリエコのままだった。見た目は変わらない。なのに人が変わった様な雰囲気がした。
「悪くないね。この子、連れていく気なの?」
やっぱりさっきまでとは違う。怯えや迷いという弱々しさが無くなって、目の色が変わったみたい。まるで電池を交換したばかりのおもちゃの車のように、急に早く動き出しそうな感じがした。
「当たり前だよ。それにあいつらの母親も来る」
「やっぱり、死んでも鬱陶しい女だね」
「そう言うなよ。『裏のカオリ』はきっといいヤツだよ」
さっきまでの仲良くなれそうなリエコとは違う。それよりも『裏のカオリ』というのはどういう事だろう?
「ケンイチ。この子の『裏』をまだ視ていないんじゃないの?本当にいるの?」
「まだだ。でもいるのは確実だ。『何回目かのカオリ』がいる。彼岸に入ったばかりだからな。そろそろだと思う。カオリの髪の毛をダムに入れてみたら何かわかる筈だ」
この2人は一体何なの?さっきの話だと、ケンイチは生きていなくて、リエコがケンイチを殺した?訳が分からない。
「この子、何て言ってる?」
「はじめの頃のお前と同じだよ。『わからない』だって。あぁそうだ。さっきの事だけど、リエコ。くだらない事をすんなよ。お前、視られてたよ」
「冷やし中華の事?ごめんね。ふざけるのは止めるよ」
何?一体何の話をしてるの?彼岸?ダム?『何回目かの私』?怖い。車から逃げ出してしまいたい。死んだのに、こんなに怖い事ってあるの?
「そう怖がるなよ。カオリ。俺は変わってないんだ。本当にお前の事が好きだったんだ。だからまた会えてよかったよ」
そんな言葉なんかいらない。何で私はこんな奴無しでは生きられないって思っていたんだろ?悔しい。
「そうか。なぁリエコ!カオリは悔しいってさ」
2人で私を馬鹿にしたような笑い。嫌だ。本当に嫌だ。何で私が思った事がわかるの?
「そんなに心配するなよ。ちなみに、お前が生きている時、お前が考えている事はわからなかったよ。死んでいるからわかるんだ安心しろ」
私はありったけの声をふり絞った。
「何よ。あんた達は一体何者?」
「あぁあ。しゃべっちゃったよこの子。『表の私』が親切に注意したのにね」
なに?しゃべったらどうなるって言うの?
「親切か。笑えるな。リエコは悪霊のくせにな」
「言うね。ケンイチの方が悪いよ」
また2人で笑っていやがる。なんだか仲がよさそう。何なのこいつら。
「なぁカオリ。お前に謝らないといけない事があるんだ。何度も手をあげてしまった事は悪かったよ」
なに?なんのつもり?
「それ、私にも謝ってよ」
リエコが笑いながら言う。全く意味がわからない。
「お前は別だよ。すぐに『裏のお前』が出てきた。それで俺を殺したじゃないか。でもカオリは一度も『裏』が出てこなかった」
「ってか本当に『何回目かのカオリ』がいるの?私なんかは2回目だよ。そんなに何回も生まれ変われる魂があるの?」
私はケンイチに何度か殴られたことがある。その度に私は「きちんと説明したらいつかは私を理解してくれるはず」と思っていた。殴られた理由がよくわからなかった。けれども、2人の話を聞いていたらケンイチは『裏の私』を引きずりだそうとしていたのかもしれない。どういう事かわからない。ただ、リエコみたいに私が私でなくなるのかもしれない。
「そうだよ。早く出てきてくれたらよかったんだ。本当は殴りたくなかったんだ」
私はケンイチとしゃべってはいけない気がした。理由はよくわからない。『表の私』が吸い取られる?そんな感じなのかな。
「吸い取るか。面白い事を考えるね。カオリはリエコと違って、俺から離れられる。早く出てきてくれよ」
外はまだ明るい。確実に春になっているのだと私は思った。高速道路を降りた。運送会社の看板がいくつもみえる。私はもう無駄な事はしない。諦めたのではない。まだチャンスはあるはずだ。私が私でなくなってもかまわない。そうなったとしても、ケンイチの思い通りにはさせない。私にはそんな意地が芽生えてきた。
「考えている事はわかっているんだよ。いいんだよ。カオリがそう思うのは当たり前だ。それにカオリにはチャンスがある。楽にしてくれよ。悪いようにはさせないよ」
つづく