出来事の連なり          :超えられない壁

消えていくほうが、良いモノは多い。こうも考えられるかな。桜の花はすぐに散るから愛おしい。だって年がら年中咲いていたら、切なくなる事なんてないもんね。

私の時は流れていないのに、訳もなく春になったと私は思った。カレンダーの数字をひとつずつ黒く塗りつぶしていくような生活に憧れもする。だって私には時間っていう概念が無いのだから。
時間を測る事って幸せな事だよ。「花が咲いた」「雪が降った」って感じに時間が流れていると実感できる事が、生きている事なんだね。
相変わらず私は水の中のようなところにいる。時間に憧れながらも、時計があったら、気が狂っているかもしれないと思う事がある。「まだ10分しか経っていない」とかの繰り返しはキツイとおもう。その点、本当に時計がなくてよかった。いつまで待てばいいとかの約束もしていないから、ある意味私は自由だね。

何で春の事と、時間の事を考えたかっていうと、暖かさを感じた訳ではない。実際に桜の花弁を見たから。
花弁は、網膜を通じてアタマの中に映し出したのか、直接アタマの中に映し出されたのかは知らない。どうせ私は死んでいるのだから、体の機能が理屈で働く事なんてないのだろうね。ヒラヒラ瞬くような花弁が、お姉ちゃんの頬に落ちたのを見た。
お姉ちゃんの名前と同じ桜の花弁。そうだね。もしかしたら、今日という時間が存在しているのなら、今日がお姉ちゃんの誕生日かもしれない。「かもしれない」じゃないね。絶対そうだと私は思った。

お姉ちゃんが生まれた日。その日が来るたびにお姉ちゃんは1つ歳をとった。誕生日があるから歳をとるわけじゃないけれど、そう思ってしまうね。

もしかしたら、時間って流れているのではないかもしれないね。
出来事の繰り返しじゃないかな。
お姉ちゃんが生まれた事、私が生まれた事、そういう出来事が連なって時間が創られている。
そう考えたら、この世って出来事なんだね。
花弁も出来事の結果であり、過程であり、はじまりだね。蕾が咲いた事の結果で、地面に舞い落ちる途中で、土になるはじまり。

お姉ちゃんの誕生日をお祝いしたい。
もう一度、一緒に桜が見たい。

つづく


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中島亮
一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!