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タチバナさん動く。        :超えられない壁

妙に侘しい夜だ。
雨が降る前の甘ったるい風が吹き始めた。

気の狂いそうな夜だ。
全てを天気のせいにしてしまいたい。
それでも私は狂う事を知らない。

私は待つ事ができなかった。
私は黙ってあの子達に会いに行く事にした。

私が『表』に出てきた意味がわかった。あの子達が生きているか、死んでいるかはもう気にしない。
あの子達が今苦しんでいるのなら、私が救いたい。

私は終電間近の電車を待つために、駅のプラットホームに立っている。
立ったまま、通過していく電車を見ている。
その車内の明かりが、私を残したまま、スピードを落とすことなく夜の奥に消えていく。
それが侘しいのかもしれない。

残されたあの子達の寂しさを、私が想像しない日などなかった。死んでからも、生まれ変わってからも、彼女の『裏』にひっそりと存在している時も、寂しさを想像していた。

不可抗力。
そう言ってしまえば、言い訳できるね。

確かに、あの日のあの事故は不運だと、多くの人は言ってくれるだろう。
だから、私は後悔している。
あの子達を預けて、出かけた私達は、久しぶりの2人の時間を満喫するつもりだった。
私が「たまには2人で出かけたい」なんて言い出さなければよかった。わがままを言わなければよかった。

電車が来ない。
来るのはわかっているのに、私は時間を急かしている。

残されるという事と、待つ事は全然違う。
残されるという事は約束されていないという事だ。いつまでなのかがわからないから、時間を呪う事だってあるだろう。
その点、待つ事というは、約束があるから待つのだ。それは期待できる時間の事。
ただし、約束を破られたら残される。

電車は来る。
私はその電車に乗って、ここよりも侘しい駅で降りて、寂しい山道を歩いてあの子達に会いに行く。
私にしか視えないあの子達に、会いに行く。

約束せずに残したあの子達を迎えに行く。

「もう大丈夫よ」
そう言うべきか、
「ごめんね」 
と無責任な謝罪を述べるべきか。

甘ったるい風が止んだ。
桜の花びらが足元で止った。

つづく


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中島亮
一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!