シン・セカイb―2
前回のお話
ジョセフ・カレハの幸福
ジョセフ・カレハは遠慮がちな表情で、報告を続けた。
「詳細は現在確認中ですが、ティオーネ様の消息が不明です。集合場所に、約束の時間になっても現れなかった為、カルロ・ダリオ氏はやむを得ずティオーネ様を待つことなく出発したとの事です」
サン・ジェルマンは目をつむり、軽く空を見上げた。それは、娘の身を案じ、不安を圧し殺している父親としての一面のようだとジョセフは思った。
「息子の場所の報告をした後に、ティオーネはサリランカーに捕まったのかも知れないな」
「可能性の一つとして考えられる事です」
ジョセフ・カレハはサン・ジェルマンに心酔している。
なぜなら、小人症を克服できないジョセフを、要職に重用しているからだ。能力を評価してくれることに、彼は、サン・ジェルマンに感謝をしているのだ。
ペルディドスのほとんどは、自由を満喫する者ばかり。それは、大半が怠惰という事だ。その中で、ジョセフのような勤勉なものは嫌でも目立っていた。
ペルディドスは、モニトレオを除去した人々の総称として呼ばれているが、元々は、ビート・ジェネレーションやヒッピー文化の思想を踏襲している。単なる若者の不満から生まれたカウンターカルチャーではなく、文明からの解放を体現している共同体である。
ところが、最近のペルディドスになりたい人間は、単に生き長らえたいと願う人々ばかりになってしまった。思想も文化も形骸化している。それも無理ではないだろうと、ジョセフ・カレハは考えている。
モニトレオを除去しなければ、希死念慮に陥って自殺してしまうのだ。明らかに、ビハーバーは何かを隠しているとしか思えない。
基本的には、ペルディドスに規則などない。人間らしく、成長し、葛藤し、喜び、そして死んで行くという事を奨めているが、それも個人で決める事だ。
ただ、自然と共に生き、死ぬ事を受け入れるような風潮がある。
「『可能性の一つとして考えられることです』だと?中々、冷淡な言葉だな。ジョセフ・カレハ。ティオーネが拘束されてしまったら、ザ・マンの実現が難しくなるのだぞ?それとも、なにか、お前が冷静でいられる策があるのか?」
サン・ジェルマンの口元が固くなった。ジョセフはサン・ジェルマンの機嫌を窺う事が癖になっている。機嫌が悪い時の対応は慎重にしなければならない。ジョセフは、サン・ジェルマンに依存しているのだ。
「ザ・マンの実行は、サン・ジェルマン様とご子息の力だけでも可能だと私は考えております。ティオーネ様の安否については続報を待つしかできません。不確定な情報だけでは対策を考えられません」
「策を考えるのはお前だが、策の責任を取るのもお前だ。お前は理論ばかりだ。実行する者の事を考えていない。俺だけでザ・マンができるなら、こんな苦労はしない。息子の力は勿論だが、ティオーネの力もあった方がいい」
ジョセフはサン・ジェルマンの苛立ちを感じ取った。怒りの矛先が自分に向いていると読み取ったのだ。
「龍穴からの移動を優先させます。リサ様、ご子息、そしてカルロ・ダリオ氏を先ずこのアルタル砂漠に呼び寄せてから、私が自らイソラ・二ホン地区に赴きます」
「お前が行ってティオーネを保護できるというのか?」
「ここでは通信のリスクが高いのです。情報源のミフネ・レイ氏と合流して、探索をいたします」
「はじめからそう言え。前から人に頼る人間はクソだと言っているだろ?」
ジョセフは丸薬の準備が面倒だと思った。本当は、現場など行きたくないのだ。合併症を防ぐには、何日分の丸薬を持っていかなければならないだろうかと考えると憂鬱になった。
砂漠の日差しは強く、気温も高い。サン・ジェルマンは、タンクトップ姿でいる事が多い。ビーバーハットからは、長い髪の毛がはみ出している。かつて、『時空を超えて存在しいる怪人』と呼ばれた伝説上の男は、親しみやすい田舎の悪ガキのようにもみえる。もしかしたら、それも人心を掌握するためにわざとそうしているのかもしれない。
現に、法も規則もない、ペルディドスの自由なコミュニティ内ではサン・ジェルマンこそが秩序なのだ。
人々の自由を守るために、人知れず動くのは割に合わないとジョセフは、思う事もある。
しかしながら、一人で育ってきたジョセフにとって、サン・ジェルマンの為に、このコミュニティの為に考えて動く事だけが自分の存在価値だと言い聞かすのだった。
それこそが、ジョセフ・カレハの幸福なのだ。
続く
一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!