シン・セカイ c
夜の湾岸道路は、普段から交通量が少なく、街灯も疎ら。その夜は、逃げる者と追う者以外に誰もいなかった。
ティオーネは自分の力で仲間の船が停泊している港まで逃げるか、さもなければ、捕まって収容所に連行される事になる。
既に彼女は、時間を操る術を使いながら逃げている。しかし、それだけでは捕まるのは時間の問題だろう。
サリランカー達には、走るティオーネが瞬間移動しているように見えている。数十メートルおきに現れては消えながら、彼女は確実に前進していた。それでも、サリランカー達には数的優位がある。次々に仲間を呼ぶ彼等の追跡を逃れるのは、至難の業である。
情報取得にハンデがあるのは承知だった。しかし、それは向こうも同じだと思ったのがティオーネの落ち度だ。もしも、無事に逃げ切れたとしても、リサに小言を言われるだろう。
だが、それ以上の収穫を得たつもりだ。会った事のない弟の正確な居場所がわかったのだ。すでに連絡もできた。
銃声?
ティオーネの正面に現れたドローンが発砲してきた。
「クソッ」
サリランカー達はティオーネを生きたまま捕獲することを諦めたようだ。なにが『死と距離のある社会づくり』だ。従わないものには容赦しないくせに。
ティオーネは悪態をつきながらも、呼吸を止めた。
まだ、試したことのない術だ。
このまま、船に乗ったとしても、仲間を危険にさらすだけだろう。それならば、時間を超えた方がいいと思ったのだ。
それは、父であるサン・ジェルマンの代名詞ともいえる術だ。だが、その事と関係なく、自分にはできると暗示し、ティオーネは立ち止まり、一気に息を吐きだした。
自分の体が透明になっていく感じがした。実際、サリランカー達にもティオーネの姿が消えるように見えた。
残された彼等は、しばらくの間周辺を探索した。
「対象が消えました。映像を送ります」そう報告する他に表現できなかった。
ほどなくユニットリーダーは退却を命じたのだった。
続く
一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!