冷たいモノが好き :超えられない壁
ゆっくりと車が曲がるのがわかった。タイヤの摩擦音が遅くなって、後進していく。
「またアイス?」
コンビニの駐車場は1つしか空いていなかった。ケンイチの車は大きくて、両隣に止めてある車が近くに感じた。私の隣では『カオリ』が車の外に出たがるように窓の外を見ていた。
「体が熱くて、冷たいモノを食べないとしんどいんだ」
私はケンイチが何回目なのかを知らない。もしかしたら私と同じ2回目かもしれないし、もっと多いのかもしれない。なんとなく聞きづらいから聞いたこともない。
「ちょっと待ってくれ。すぐに戻る」
そう言うとケンイチは車を降りた。私が殺したケンイチは『表』の方。私にはそれができた。『表』のケンイチがいなくなった後、ケンイチは生身の体を保ったまま『裏』のケンイチとして生きている。その方が完全に2回目の自分として生きられるから、ケンイチはそうしているのだと思う。
私はそれは不便だと思っている。だからケンイチに呼び出してもらってから、『表』の私の体を殺してもらった。たぶん死体はまだダムの底にいると思う。それで生きている人間を呼び寄せていたりするのかもしれない。
「あんた、外にでたいの?」
私は当たり前の事を『カオリ』と呼ばれている女に聞いてみた。この車が特別だという事を私は知っている。理屈はしらないけれども、霊は普通には出られない。
少し可愛いだけの、どこにでもいるような女。それが『何回目かのカオリ』らしい。死んでも『表』しか出てこないようじゃ、大したことないと私は思っている。それに病気で死んだとか不運すぎる。一体この女の何にケンイチは期待しているのだろうか?
本人は、私と話してはいけないと思っているのだろうか。私の方に視線を動かして、すぐに窓の外にそれを移した。
「マジであんた、話したらいけないと思ってんの?あんなの嘘。なにビビってんの?」
これは本当だ。ただし私と話しても大丈夫という意味。ケンイチと話をすればするほど、彼女にとっては不利になる。
私がそう言っても『カオリ』は黙ったままでいる。無理もないか。
「さてと」
急に『カオリ』がそう言った。姿はそのままだけれど、雰囲気が変わった。もしかしたら、今『裏』になったのかもしれない。
「やっと会えた。憶えていないかな?」
ケンイチに知らせなければいけない。この霊は普通ではない気がする。そう思って外に出ようとした。その瞬間に『カオリ』が出て行ってしまった。
「あぁあ。出ちゃったね。思ったより早かったな」
車のすぐそばにいた、片手にアイスキャンディを持ったケンイチが呑気な声でそう言った。
つづく