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最終回:超えられない壁
トシヤ君は立ち上がり、すぐに後退りした。俺もケンイチの元から離れる事にした。われながら、冷たすぎるのではないかと思いながらも、厄介ごとに関わりたくないというように、さっと、タチバナさんの元に歩みを進めた。
夜桜散って春終わる
短い会話をした。タチバナさんは、その体を唐突に『表』の彼女に明け渡すつもりはないらしい。安全に送り届けてから、『裏』に戻るなり、成仏するなり、成るようになればいいと思っているそうだ。言うが早いか、彼女は先に消え去るように歩いて行った。「サクラがお世話になりました」という言葉を残して去っていった。
俺は、二度も三度もうしろを振り顧りながら、その場を去った。トシヤ君はまっすぐ前を向いて、同じ方向を目指してくれていた。ケンイチは死ぬわけではないのだろう。体は機能している。中身が無くなるだけだ。俺が振り返ったのは、怖いわけでも、タチバナさんを心配しているわけでも、生に執着しているわけではなかった。ただ気になっただけだった。ポケットの中の布をつかんで、死んでも出てくるような、腋わきの下の汗を感じながら「これからどうしようか」 と、呟いた。
トシヤ君の眼が、俺達の向かっている方向を目配せしながらも、説明を補足するように口を開いた。
「君のお母さんの夢に出るんだよ」
そうだよな。そういう話をしていた。トシヤ君は目の前で、こんがらがった糸が静かにほごれて行くのを見つめるように、微笑みながら沈んでいた。
「その後はどうなるのかな?」
そんな先の事を、心配してもしかたない。言った後に俺は後悔した。
「どうもならないよ。きっと。でも、いいんだよ。何を考えてもいいんだ。それが重大な結果に結びつくわけではないから」
トシヤ君がいてくれてよかった。そう思った。そして俺は、頭の中で再びサクラの言葉を反芻した。「大丈夫よ。死んだから駄目じゃないよ。トシヤは駄目じゃないよ」ぼんやりとした外枠は、なんとなくわかる。肝心な中心に何があるのかを、完全に知る事はできないのだろう。
俺達は、足音を立てることなく、あえて飛ぶようにゆっくりと俺の母さんの枕もとを目指したのだった。
おわり
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![中島亮](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/37890943/profile_aaa9b95afb2ccff9fdca4b4842326d23.jpg?width=600&crop=1:1,smart)