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キングに遭遇

 僕は足りない気持ちで外へ出た。風が薄い刃のカミソリになって、僕の露出している部分を通り過ぎる。雪は降っていなかったが、空気が冷たい。
 手ぶらでコンビニを出てきた。不吉な塊が腹の深い所にあって、それが疼くのを抑え込んだようなものだ。
 何があったかというと、コンビニに入ってすぐ、若い男が何食わぬ顔でエナジードリンクを何本もカゴに入れるのを僕は見た。値札を見ない一連の動作が許せなかった。僕は買い物の時に値段を気にする。それは、財布に現金やカードがほとんど入っていないから。僕は自分が惨めだと感じ、同時に妬んだのだと思う。いつだってそう感じた時は、腹の不吉な塊が「誰かを困らせる事が、お前を満たす最適な手段だ」と僕に囁く。しかしながら、僕は何もしなかった。万引きでもしてやろうかと思ったが、四十を過ぎた男がコンビニで万引きなど恥ずかしい。年齢など関係ないと言えばそうだが、中学生が万引きするのと、おっさんがするのでは深刻度が違う気がする。馬鹿らしくなって、僕は外に出た。
 コンビニを出てポケットに手を突っ込む。煙草の箱を取り出して、さりげなく残りの本数を数えてから、一本取り出した。ここのコンビニは店外に灰皿を置いている。こんなモノを吸っているから、金がなくなるという理屈はわかっているが、やめないまま時間だけが過ぎていった。今度はライターを取り出して火をつけようとする。しかし、つかない。滑稽なのだが、僕はライターを買いにコンビニに来たのだった。もう一度店内に入るのは嫌で、意地になって何度もライターをいじる。
「これ、やんよ」
 昔のドラマに出てくる登場人物が、こんな喋り方だった。煙草の先から、僕は声の主に視線を移す。さっきのエナジードリンクの若者がいて、彼は黄色のライターを差し出していた。僕は「えっ」と素っ頓狂な声をだした。
「いらないの?」
「はぁ」
 僕はライターを受け取れないまま、若者の顔から視線を外し下を見た。
「ほら」
 彼は自ら火をつけて、僕の前に差し出した。それで「あ、ありがとうございます」と顔を火に近づけてから、僕は煙を吸い込んだ。
「ダサい事すんなって言ってんの」
「えっ?」
 僕は彼の言っている事がわからなかった。黄色のライターを、僕の上着のポケットに入れてから、彼は去っていった。金色に染めた彼の髪が風で揺れている。再び馬鹿らしくなったが、今度も何もせず、煙草を僕は吸い続けたのだった。
 

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中島亮
一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!