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今日から彼岸入り リエコ:超えられない壁
誰かとこんなに話をしたのは久しぶりだ。カオリか。こんな子が若くして亡くなるなんて不平等だね。若いからこそ、病気の進行も早かったのかも知れない。
私はというと、やっぱり色々と憶えていない。自分が死んだ時の事もわからない。憶えているのは自分の名前と、ケンイチにまつわる女の子が亡くなった事。カオリが言うように、ケンイチが見た風景を私も見ていたとしたら、カオリが病気で亡くなった事もどこかで見ていたのだろうね。カオリのお葬式?違うか。どこだろう。
「ダムだよ」
ケンイチが誰に言うわけでもなくポロっと口にした。訳もなく私は全身に緊張が走った。もしかして、私達の事視えているの?まさかね。
「リエコ。そろそろ時間だ。今日の夜か、明日にはダムにあいつらの母親が来る。彼岸だよ。聞こえているだろ?」
ケンイチがバックミラーを視ている。目が合った。やっぱりそうだ。彼は視えている。彼は一体何者?そして私も。
「カオリ。お前の事は残念だったよ」
ケンイチは私の右側に視線を動かした。
「何を言ってるの?1回しかお見舞いに来なかったくせに。どうせ他の女のところに行っていたのでしょ?」
カオリは視られている事に違和感を持っていないようだった。死んでから日が経っていないから当然か。でもケンイチと話をしてはダメ。私は理由もなく直感した。
「2回だよ。わからなかったか。お前が死んでからだけどな。綺麗な死に顔だったよ」
ケンイチの声は優しかった。ただ言っている事は最低だと私はそう思った。「どういう......」
カオリが語頭に力を込めて発声したのを私は全力で阻止した。
「ダメ!ケンイチと話したらダメ!カオリ!今すぐこの車から逃げて!できるでしょ!」
私は叫び声に近い言葉を吐き出した。理由はわからない。そう思った。
「無駄だよ。出られない。俺が理由なく、こんな車に乗ると思うか?知っているだろ?俺が目立つ事が嫌いなのは」
私にはケンイチの言っている事がわからない。そうだ。私はケンイチの名前も憶えている。どうでもいい事が頭に浮かんだ。カオリは窓を叩いている。普通の幽霊なら、車のドアをすりぬける事など当たり前にできるだろう。
「リエコ。あなたはやっぱり、ケンイチから離れられないの?一緒に逃げられないの?」
カオリは通り抜けられないとわかったら、私に顔を向けてきた。けれども、私はただ首を横に振るだけ。
「そいつは俺から離れられない。なんでか教えてやろうか?リエコは俺を殺したんだ」
私が殺した?意味がわからない。そしたら私は何者なの?
「白々しいぞ。まぁお前のおかげで、俺は死んでも生きている人間と同じようにできるのだからな。ありがとう。リエコ」
私はケンイチの声が好きだ。何故なのかも、何を言っているのかよくわからないけれど、私は名前を呼ばれる度に嬉しくなる。
「何度でも言ってやるよ。リエコ。お前のおかげで俺は満たされている」
あぁ。わからない。わからないのに私は幸せだ。
「でてこいリエコ!気分はどうだ?」
「悪くないね。この子、連れていく気なの?」
私はどこか遠いところに行ってしまった。かわりに私は私とすれ違った。
つづく
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![中島亮](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/37890943/profile_aaa9b95afb2ccff9fdca4b4842326d23.jpg?width=600&crop=1:1,smart)