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視て。いや、視つけてください。:超えられない壁

僕は彼に何をしてあげられたのだろう。何もしていないじゃないか。幽霊の僕は無力なんだ。彼の話を聞いてあげる事もできなかった。
彼が自殺した事を知ったのは、何日か経った後だった。
僕と同じ名前の彼は、いつしか僕の年齢を追い抜いて大人になった。「見守るよ」って彼の母親に約束したのに、僕がした事は本当に見ていただけだった。

彼が8歳になるまで、僕は不安だった。僕と同じ名前をつけたばかりに、彼が僕と同じ運命を辿るのではないかと心配だった。死んでから気がついたのだけど、7歳児の事故は多い。30年ほど幽霊をやっていると、他の幽霊と遭遇する。幽霊同士は話ができるから淋しくないんだ。僕と同じように、7歳で交通事故死した幽霊に、何人とも出会った。男の子が多いね。僕みたいに道路に飛び出したんだ。
だから、彼が7歳の1年間は、僕は張り付いて見ていた。1度彼が道路に飛び出しそうになった時、僕は叫んだ。すると、彼は立ち止まった。その時だけかな。彼と『つながった』と思ったのは。それ以外は生きている人間とは話ができないんだ。人の夢の中に入るという方法はあるけれど、こっちが一方的に話して、それを憶えてくれることはほとんどない。

彼の場合、悩んでいる素振りなんてなかった。それどころか、彼の人生は順風満帆に見えた。それだから、まさか自殺するとは思わなかった。

何度も彼のアパートに通った。
彼が死んだ後、彼に会うためだね。
しかしながら、彼に会う事はできなかった。人の話で聞いていたんだけど、自殺した幽霊は他の幽霊には視えないし、視る事もできないそうだ。

たとえ会えたとしても、彼は僕の事を知らない。今さら会ったところで、僕は彼を直接救う事ができない。それなのに、僕は彼の助けになりたかった。3年の間、彼を探していた。それは直接的な事ではないんだ。正確には、視える人を待っていたと表現した方がいい。

実は30年あまり幽霊をやっていても、僕を視える人に出会った事はなかった。幽霊同士でも、その話題はよくあがる。視える人がいたという事を聞いて、その人を訪ねたことがあるけれど、全ての霊が視える訳ではないようだ。『波長』が合う霊しか視えないらしいね。『波長』といっても、何の波長かはわからない。とにかく、そう表現するしかない。

30年間出会わなかったけれど、最近彼が住んでいた部屋に引っ越してきた女の人は、僕の声が聞こえるようだ。
まだ、視てもらった事はない。しかし、僕にとっては好都合な事だ。彼女を通じて彼と話ができるかもしれない。
自殺した霊は特殊だと思う。それを救う事ができたらいいと僕は思っている。救うといっても、直接的な事ではないけれども、ただ、彼が死んでからの事、最近起きた出来事で、彼に伝えないといけない事があるんだ。
もしかしたら、間に合うかもしれない事なんだ。



おわり

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中島亮
一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!