自分と自分以外が混ざる :超えられない壁
ふいに既視感が私を捉えた。姿は違う。別人だった。けれども、漂わせるその雰囲気、私の事を愛してくれているという安心感、何よりも優しさといった、そうしたもの達が、私の中の遠い記憶を刺激し、何かを呼び覚ましたのだった。
「もしかして、お母さん?私のお母さんなの?」
つい、口からこぼれた。私も彼女の事を知っている。幼かったあの日、急にいなくなったお父さんとお母さん。人が死ぬという事を正確に理解できなかったけれども、私は泣いた。二度と会えないのが辛かったのか、寂しくて泣いたのか憶えていない。
母が現れた事に私は動揺した。感情の整理ができていない感覚。その感覚は、暗がりに目が慣れるように、次第に明らかになっていくのかもしれない。
「もう大丈夫よ。サクラ。ごめんね。ごめんね」
私は泣いた。
お母さんの事を忘れていたわけではなかった。ただ時間が進むにつれて、お母さんの記憶は辛いモノになっていた。思い出しても叶わない事は忘れた方がいいと私はいつしか思っていた。それが自身の境遇への感傷を悲劇にしてしまっていたのかもしれない。実際には、お母さんがいない事を努めて忘れる事は悲しかった。
証拠などいらなかった。理屈もいらない。目の前にいる女性はお母さんなのだ。そう思うと、私の体が煙になってすーっと空に登っていくような感覚になった。
「まだよ。まだ逝かないで。カエデもここにいるの。サクラ。カエデを待ってあげて」
私は困惑した。自分と自分以外の境い目が無くなるような感覚に陥っていた。深い穴に落ちていく瞬間の、浮遊感のようなものを私は得ていた。お母さんが、咄嗟に手を差し出してくれていなかったら私はどこかに行っていたに違いない。
「カエデはどこなの?お母さん?」
「すぐそこなの。せめて私が見つけてあげたい。わかるの。私にはなぜかわかるの」
その時、大きな車が近くに止まった。
私はなぜか怖くなった。お母さんが危ないと思った。あの日のように、私は自分でも訳も分からずに泣く事は嫌だ。
つづく