パーティーアニマル
大事なのは、空気を自分で作ろうとしないこと。人が、空気を作っているのではないという事を理解できないうちは、ただ空気を読む事に徹すればいい。
とにかく、そこに馴染めば、周りの人からの安心感を得られる。そういう感覚というのは、白痴ではない限り、つかめるものだと思う。
現に俺はそうやってきた。それだけで、社会人として上手く立ち回ってきたつもりだ。
「ぶっちゃけ、何年かに1回は、世界がガチ変するようなモノが出てくるっしょ?まぁ、人によってワ、それを1回でも世の中に送り出すことができたら御の字って思ってんの。でもね、実際のトコ、何度もそういうコトできる会社が生き残ってるワケじゃん?」
俺は社長の話に耳を傾けて、同意している風な顔をして、激しく頷いてみせた。社長は1955年2月24日生まれの66歳。「スティーブ・ジョブズと同じ生年月日っス」というのが口癖らしい。ただし自分専用の制服を作るような事はしていなかった。パテックフィリップの腕時計をして、足元はジョーダン5。わざと外したファッションを心がけているのかもしれない。
ただ、何の話をしているのか全く分からない。俺は空気を読む事に徹底した。
「ってか、そうじゃん?そう思うよね?」
ついに、話を振られた。俺は戸惑いを捨て、思い切って口を開いた。
「実際、そうっすよね。業界を変えたってハナシってぶっちゃ、内輪ネタっすけど、世界を鬼変しちゃうってのは、狙ってりってワケっしょ?」
「話が分かるやつ」と思われておきたかった。内容などなかった。バイブス?的なモノを合わせればいい。
「まじ?ブチわかってんじゃん!?8割のジャパニーズピーポーってそういうのわかんないんだよね。とりま、座ったら?」
入社初日の社長室での事だ。同年代と比べると、破格の待遇で俺は引き抜かれた。その金額が自分の評価だと思うと心地よかった。泥臭い仕事をしている連中を鼻で笑いたい気分だ。だが、噂には聞いていたが、この会社は、これまでの環境と全然違う。この社長の空気感は異次元だ。それでも、儲かっている理由はそこにあるのかもしれない。
「マイドッグ!今日からだよね!?よろしく。とりあえず、わっしょいわっしょいしてくれや」
ラッパーがよくやるハンドシェイクを求められて、俺は一応最後にグータッチをしてから椅子に座った。「わっしょい?」と思ったが「期待している」と俺は翻訳した。
「それで、ジャパニーズの好きピ現象の進み具合がパない!って俺、昔、わちゃわちゃしゃべったっしょ?あれについてはどう思ってるワケ?」
「好きピ」とは「好きな人」の意味ではなかっただろうか?意味がわからない。「昔」とはいつだ?社長は自分が有名人だと思っているから、「俺の事は知っているよね?」的な、かましの事だろうか?「いや、考えるな」俺は自分にそう言い聞かせた。
「外人さんたちが、ジャパンで何かを失くしても、とりま現ナマでもなんでも戻ってきちゃうってことっしょ?ジャパンは世界で最もレベチで、安全で、パワスポ的なワッショイっすから、まだまだカマチョ的な状況ではないんじゃないですかぁ?」
破れかぶれだった。
「いい波乗ってんな!?」
「あざまるっす!」
「それOC?」
「ノーダウトっす!」
とりま、俺はわっしょいわっしょいしていこうと思いまーす。
おわり