【掌編】いまどきマーケティング
剛造じいさんはいつもどおり5時30分に目を覚ました。
布団から半身を起こして手を伸ばし、リモコンでテレビを点ける。
いつもどおりのチャンネルで、いつもの番組が始まっている。
ここまで全く無意識の動作だ。
本人も氣づかないままのルーティン・アクション。
「衝撃!」の2文字に続いて、
自分と同じような年恰好の男性の顔が映し出される。
パジャマ姿で、ひどく咳き込んでいる。涙目だ。
そこへ大きな文字が被さる。
「咳止め・痰切りがない!」
「薬局・スーパーから姿を消した?!」
2行の文字列とともに、
いくつかの薬品のパッケージが大写しになる。
見たことのある感冒薬が数種類。
次に、見慣れない薬の箱が3種類、順に1種類ずつ映る。
箱に印刷された薬品名がアップになって、テンポよく見せられた。
「市販薬に詳しい山田○子さん」
「健康アドバイザー」
そんなテロップのもと、中年女性の悲痛な顔。
「ええ。先週から喉と風邪の薬が町から消えましたね」
次々に、街頭インタビューに答える人々。
老若男女、バランスの良い構成で取材されている。
ここまで視ても、剛造は疑わない。
在職中の5年前の彼なら、少々意地の悪い目つきで冷笑しながら、
「ずいぶん手回しがいいな」「鮮やかだ」と、皮肉を言っていたはずだ。
これだけの人数に取材するには経費がいくらで・・・
この人は役者だな、スピーチの訓練を受けた人だ・・・
剛造はあるメーカー企業の広報課にいた。
テレビのワイドショー番組の裏側にも、ちょっと詳しい。と自負があった。
だがいまは、そんな面倒な見方はしない。してもしょうがないから。
いま出てきたクライシスアクターたちの人件費の概算を頭にめぐらす前に、
筋反射並みの速さで立ち上がり、剛造は着替え始めていた。
「え?お父さん、どこに行くの?」
「駅前のコンビニ。あすこは元々、薬屋が転業した店だから・・」
「もう朝ごはん出来上がるから、食べてからにしたら?新聞だって取ってきてあるわよ」
「いや、それどころじゃないんだ。痰切りが残っているか確かめないと」
「え?いつもの のど飴だったらまだ有るわよ」
「そうじゃないって!このままじゃ、この冬が越せねえんだ」
必死の形相に氣圧されて、妻は引き下がった。
こうなったら、もう、剛造には妻の声は聞こえない。
果たして・・・
30分後帰宅した剛造の手には、
風邪薬、のど飴、そして今朝テレビに映っていたあの
妻も見慣れない「痰切り」と大書されたパッケージが乗っていた。