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【青年海外協力隊ベトナム日記 2006〜08】 第22話 「情報」を求めて

大学の長い夏休みが終わって新学期が始まった。
帰省していた寮暮らしの学生たちも戻ってきて、閑散としていた大学ににぎわいが戻ってきた。

さて、この大学には制作の資料になるようなものがほとんど無い。
図書館にたった2,3冊の古い西洋の画集があるのみだ。
モチーフにしても何体かの石膏像と数個のコップや壺などがあるのみ。
町に出てももちろん美術館などあるわけもなく、画材屋すら無いのでみんなぺらぺらな紙に鉛筆一本で絵を描いているような状態だ。

制作環境が整っているかどうかというのはあくまでもきっかけに過ぎない。
だが現状はあまりに脆弱すぎる。ということは赴任した当初から感じていた。

以前からこれをなんとか打破したかったのだが私が日本から持ってきた数冊の資料や作品集だけでは限界がある。

初めの頃学生たちは、そこに載っている作品が彼らの考える「美術」(大雑把に言うと約100年くらい前までの西洋美術)の範疇に無いものだったので戸惑いを見せていたが、この頃では積極的にそれらを見て何かを考え物思いに耽っている姿が多く目に付くようになってきた。

この作品はなんだ?どうしてこんな形をしているのだ?どうしてこんな色をしているのだ?…なぜ?…どうして?といったような質問を投げかけてくる学生も増えてきた。
これらの資料は貸して欲しいと言われれば快く貸し出すことにしている。
彼らは作品を見て何かを感じそれについて考えるということを学び始めたようだ。

学生たちは私の持つ数少ない資料でも熱心に見る。
そして考えている。
彼らの未知なるものへの意欲、好奇心をひしひしと感じた。
それと同時に現状の貧弱な制作環境をいかに打破していくかということを実行に移していく土台が、ようやく整ってきつつあるのだということも感じた。

この国では美術教育だけではなく美術業界自体がほとんどといっていいほど育っていないので、もちろん国内で発行する外国の美術関連の本などはほぼ無い。

長いこと美術は共産党のプロパガンダとして利用されてきており、今でも学校では「正しい絵」を描くための「正しい指導」が忠実に行われてる。
この国の美術教育で求められているものは個性や想像力ではなく「正しい絵」を描くための「正しい技術」だ。
しかしその技術でさえ到底未熟なまま学生たちは卒業後すぐに教壇に立ち指導する側になるという悪循環が繰り返されている。

もちろん「技術」は重要なスキルのひとつではあるがそれはあくまで手段のひとつでそれを目的にしていたら何も変わらない。

画材やモチーフが不足しているのは仕方がない。
それこそ現状であるものでできることを考えればいい。
しかし彼らの中にいままで無かった新しいイメージやアイデアは外からの力が無ければなかなか生まれることはないだろう。

私はその悪循環を少しでも変えていきたいと思い、今彼らにとって一番必要なものを彼らの現状を見ながらずっと考えていた。

それはやはり「情報」ではないか。

彼らの知らない世界や価値観を彼らに提示する。
もし私にここでできることがあるとすればそれしかないのではないか。

しかしこの国ではそれを手に入れることはとても難しい。
一番の都会にある一番大きい書店に行っても資料や作品製作の参考になりそうな本はそう多くない。
数十年前のアカデミックな洋書が多少置いてある程度だ。
それでも数十ドルはするのでとても学生が気軽に買える値段ではない。

だが、なんとか「情報」を充実させることができないだろうか。


そんな中、JICAが行っている「世界の笑顔のために」プログラムの案内メールが届いた。

この制度は、JICAボランティアを通じて無償供与の要望がなされた物品について、JICAが日本国内で提供希望者を募集し、提供物品を現地まで輸送する、というものだ。
この制度を利用してなんとか「情報」となる資料を集められないだろうか。
対象物品リストを見ると、教材類ということで画集や資料集などの要望も申請できそうだ。

これは今までずっと願っていたことがかなうチャンスかもしれないと思い、JICAベトナム事務所に相談してみたところ、世界中から申請が上がってくるので確実に申請を通すには申請前に日本国内に協力先を見つけてある程度の見通しを立てておくこと、とのことだった。

早速、日本国内の協力先を見つけるために、美術大学や美術館、画廊などに協力要請のメールを送った。

待つこと数週間。

その結果、多摩美術大学、武蔵野美術大学の二校から快く協力いただける旨の回答をいただいた。

その後、JICAに申請を出し、さらに待つこと約1ヶ月。
先日、申請が無事に採択されたとの知らせが入った。
この後12月まで日本国内で物品を募ることになる。

ずっと願っていたことがようやく実現できそうだ。

多くの資料が集まることを期待すると同時に、それらが学生たちの学びや、現地の先生方の現代的な新しい考え方を取り入れた美術指導のために有効に機能するものになることを期待する。

両大学ともにとても積極的な対応をしてくださった。
それぞれ告知のポスターまで作ってくださり、ホームページへの掲載の他、さまざまな場で紹介していただけるとのこと。

実際に物品が届くのはどんなに早くても年が明けてからになる予定だが、今からとても待ち遠しい。

続く ↓

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