Next Lounge~私の鼓動は、貴方だけの為に打っている~第28話 「必死」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
主題歌:イメージソング『Perfect』by P!NK
https://www.youtube.com/watch?v=vj2Xwnnk6-A
『主な登場人物』
原澤 徹:グリフグループ会長。
北条 舞:イングランド🏴3部リーグ『EFLリーグ1』所属 ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクター。
アベル:舞がペルー🇵🇪のホルヘ・チャベス国際空港で出会ったストリートチルドレンの少年。サッカーが得意というが・・果たして。
イバン:舞がペルー🇵🇪のホルヘ・チャベス国際空港で出会ったストリートチルドレンの少年。アベルと共に、孤児院より抜け出して育つ。
エーリッヒ・ラルフマン:サッカーワールドカップ2014優勝ドイツチーム元コーチ。現ロンドン・ユナイテッドFC監督。
ジャン・ミシェル・オラス:フランス🇫🇷実業家。フランス🇫🇷リーグ・アン所属オリンピック・リヨン 会長。
ジュニーニョ・ペルナンブカーノ:母国ブラジル🇧🇷のサッカーコメンテーター兼コンサルタント。現役時代、ブラジル代表として活躍、直接フリーキックによるゴール数77本の歴代最多記録を保持する。
仁科 智徳:ベラス・カンデラが通う柔道場館長。
ベラス・カンデラ:ペルー国籍の有望選手。ペルー🇵🇪1部リーグ プリメーラ・ディビシオン所属スポルト・ボーイズ選手。CMF登録。dreamstock(ドリームストック)にて、移籍先をチームからも期待される逸材。
ホルヘ・エステバン:ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 エージェント。
アイアン・エルゲラ:ロンドン最大のギャング組織集団『グングニル』の元リーダー。ロンドン・ユナイテッドFC選手。GK登録。通称アイアン。原澤会長に"舎弟"として気に入られている。
坂上 龍樹:ロンドン大学法学部1年。元極真空手世界ジュニアチャンピオン。ロンドン・ユナイテッドFC選手。CF登録。通称リュウ(龍)。
デニス・ディアーク:元バイエルンミュンヘンユース所属、元ギャング団グングニルメンバーの在英ドイツ人🇩🇪。ロンドン・ユナイテッドFC選手。 CB登録。通称D.D。
パク・ホシ:ロンドン・ユナイテッドFC選手。CMF登録。金髪をオールバックにし編み上げた長髪を背後で束ねた姿がトレードマークの在英韓国人🇰🇷。今の韓流スターとはかけ離れた厳つい表情を本人は気にしている。
ニック・マクダゥエル:イングランド🏴とナイジェリア🇳🇬の二重国籍を持つ、元難民のロンドン・ユナイテッドFC選手。DMF登録。通称ニッキーと呼ばれ、アイアンとは幼馴染み。キャプテン。
レオナルド・エルバ:ロンドン・ユナイテッドFC選手。OMF登録。通称レオ。ウェーブがかったブロンドヘアに青い瞳のイケメン、そして優雅なプレイスタイルとその仕草から"貴公子"とも呼ばれる。
レオン・ロドゥエル:特徴的なモヒカンヘアで、表情を変えない北アイルランド人。そのクールさから"アイスマン"と呼ばれるロンドン・ユナイテッドFC選手。LSB登録。
☆ジャケット:ベラスがトレーニングしている柔道場にて、舞と談笑するペルナンブカーノ。
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第28話「必死」
「こんにちは。」
イングランド🏴3部リーグ『EFLリーグ1』所属 ロンドン・ユナイテッド FC 総務部 エージェント課 チーフ テクニカルディレクターの北条 舞は、ここ、ペルー🇵🇪の首都リマにあるカヤオ特別地区の柔道場を訪れていた。目的は是が非でも欲しい、ペルー🇵🇪1部リーグ プリメーラ・ディビシオン所属スポルト・ボーイズ選手のベラス・カンデラが柔道を習っていたことを聞き出すためであったが、まさか、当の本人が練習している場に居合わせることになるとは思いもしなかった。練習生達の激しい技の応酬に、現地で出逢った2人の少年、アベルとイバンも興味津々で観ていたのだが、事態は更に驚きを彼女に与える。ホルヘ・チャベス国際空港で偶然出逢った、ブラジル🇧🇷のサッカーコメンテーター兼コンサルタントのジュニーニョ・ペルナンブカーノが、先に来ていて練習を見ていたのだ。当然、舞に気付いた彼は声を掛けて来たのだが、彼女は"にっこり"と満面の笑みで挨拶を返した。
「君、ゴメンよ。」
座って見学していた舞の右隣に居たイバンに対し、ペルナンブカーノは"場所を譲るように"とアピールをしてきた。困惑したイバンが舞の顔を見ると、彼女が笑顔で左手の平でアベルの横を"ぽんぽん♬"と示したため、不貞腐れながら仕方なく移動して座った。
「お2人は、知り合いでしたか?」
柔道場の館長 仁科 智徳は、話していた舞との間にペルナンブカーノが入って来たことに戸惑いながらも自らの存在をアピールする様に話し掛けた。
「知り合いと言うより・・館長、此方は元ブラジル🇧🇷代表のスーパースター 母国ブラジル🇧🇷のサッカーコメンテーター兼コンサルタントのジュニーニョ・ペルナンブカーノ氏ですよ。」
「えっ!?マジ??」
「ほ、本物??」
アベルとイバンが、舞の横から身を乗り出して確認して来た。世紀の大スターの存在を目の当たりにして、2人の興奮は見るまでもなかった。
「私は、サッカーに疎い者で・・そうでしたか。そうとは知らずの失礼な振る舞いをしてまい大変、失礼致しました。」
仁科館長は、そう謝罪し会釈をした。
「いえ・・。舞さん、困りますのでそのくらいにして下さい。それより、宜しいですか?」
ペルナンブカーノは、はぐらかそうとする舞に対して更に話し掛けて来た。彼女は彼の視線に軽く自分の視線を合わすと、再びベラスに視線を送った。
「何でしょう?」
「彼、ベラスは最早、市場の人気銘柄になっているのは、ご存知ですよね?」
「いいえ・・そうなんですか?」
嘘をついた。
「彼には、あのブランコス(レアル・マドリード)やブルーズ(チェルシーFC)までもが注目しています。スペイン🇪🇸、フランス🇫🇷の1部リーグに留まらず、其方のイングランド🏴1部の名門までもが熱視線を送っている。正直言って、3部リーグの其方に、将来を渇望されている大器が入ることを適材適所と言えますかね?」
このペルナンブカーノの発言に、仁科館長は訳せず分からないで腕を組んで見ていたのだが、舞、アベル、イバンの3人は全てを理解した。アベルが舞の横から身を乗り出し、口を挟んだ。
「将来を何だって?」
「アベル。」
舞がアベルに話し掛けた。
「どうせ、トップチームはあれだろ?レンタル移籍とかなんかでさ、他のチームに出しちまうんだろ?権利だけ取って、自分で育てようとしない。そんなチームに行って、ベラスに何の得があるんだよ!?そんなの、何にもなんねぇーだろ?」
ペルナンブカーノは、アベルの暴言に思わず眉を歪めたのだが、それに反して舞は笑ってアベルを諭した。
「こ〜ら!ストレートに言い過ぎよ。私がベラスに伝えようとしていたことを言わないでくれる、もう!」
「あれ、まずかった?」
「当たり前でしょ!もぉーー!!当たっているから何も言えないじゃない♬」
と、舞が突然、アベルを抱き締めて頬をスリスリさせた。これにはアベルが慌てた。
「な、何すんだよぉーー!?」
「このこの、このぉぉーーー!」
嬉しかったのだ。彼女が言うのと、アベルが言うのとでは訳が違う。アベルに言われたことで、ペルナンブカーノ自身がどう捉えたのか?もしここでキレるようなら、ベラス獲得の勝機が増す様な気がする。だが・・ペルナンブカーノは、そうしなかった。
「なるほど・・少年の言う通りだ。舞さん、面白い少年を連れていますね?」
「面白いですか?確かに愉快な2人ですけどね。いつか、2人がベラスを越える逸材になるのか?私は楽しみにしてますけど。」
「あ!また、投げた!!スゲェ、ベラス!」
イバンがベラスの乱取り稽古を、拳を握り締めて観ている。アベルは舞の言葉を聞くと、ベラスを見続ける彼女を見つめていた。
「チーム運営というものは、実に難しいものだ。貴女のチームも、何れは経験する事になるでしょうね。」
ベラスに視線を移したまま、舞がペルナンブカーノに囁いた。
「私はトップチームに彼を獲られるぐらいなら、貴方にお願いしたいと思いますけど・・。」
「えっ?それは・・どういう?」
ペルナンブカーノが思わず舞に詰め寄ると、彼は透き通った彼女の瞳を見て固まってしまった。
「毎年のように有望な若手選手をビッグクラブに輩出しているオリンピック・リヨン。ペルナンブカーノさん、今、SD(スポーツ・ディレクター)契約の大詰めなのでしょう?今日は、市場調査・・そんな所かしら?選手のスカウティングと育成能力に関して欧州随一と言えるリヨンが貴方に声を掛けることは、予想がつきます。だって、貴方はリヨンのレジェンド選手だもの。」
ペルナンブカーノは、笑みを浮かべて乱取り中のベラスを見て答える。
「嬉しいですよ。私は貴女にお伝えしましたよね?オリンピック・リヨン会長 ジャン・ミシェル・オラス氏は"人材を愛する"と。」
オリンピック・リヨンによる、ここ数年における放出した選手達の活躍は、実に素晴らしいものがあった。
GK:ウーゴ・ロリス
現所属:トッテナム・ホットスパー
2012年にリヨンからトッテナムに加入し、2008/2009シーズンは27失点16クリーンシートと数字面でも満足な成績を残した。この年のリーグ最優秀GK賞とリーグ最優秀選手賞にノミネートされている。
RSB:二コラ・ヌクル
現所属:トリノ
リヨンは左サイドバックを多数輩出してきたが、右サイドバックは比較的良い人材に恵まれていないと言える。そこで、本職はCBであるヌクルを右サイドバックとしてこのリストに加えてきた。2017年にトリノへ移籍すると狩猟として活躍を見せている
CB:デヤン・ロブレン
現所属:リバプール
2010年にリヨンに加入した。1シーズン目こそ出場機会は少なかったが、2シーズン目以降はそれを増やし、クリスやパブ・ディアカテらとともに最終ラインからチームを支えた。リバプールではチャンピオンズリーグ(CL)優勝など、多くを勝ち取っている。
CB:サミュエル・ユムティティ
現所属:バルセロナ
リヨン下部組織出身のユムティティは2011年にトップチームに昇格。ロブレンの後釜として最終ラインからチームを支える存在となった。5シーズンに渡ってディフェンス陣の中心としてリヨンで活躍を続けた。実績を残したユムティティは、引き抜かれる形で2016年にバルセロナに加入し、貴重な左利きのCBとして重宝された。
LSB:フェルランド・メンディ
現所属:レアル・マドリード
2017年に移籍するとすぐさまそのポテンシャルを見せつけ、身体能力の高さを可能にする高い攻撃能力だけでなく、高精度なクロスでリヨンの大きな武器となった。その後、マドリードへ移籍。31歳となったブラジル代表DFマルセロの後釜としては十分過ぎる逸材だ。
DMF:ミラレム・ピアニッチ
現所属:ユベントス
2008年にリヨンに加入すると、ゲームメイカーとして活躍。CLのマドリード戦など、重要な試合でのゴールも印象的だった。目を付けたローマが2011年夏の移籍市場で獲得すると、不動のゲームメイカーとしてチーム支え、2ケタアシストがアベレージになるほどの活躍だった。2016年からプレーしているユベントスで活躍し、チームに最も欠かせない選手の1人となっている。
CMF:タンギ・エンドンベレ
現所属:トッテナム・ホットスパー
2017年リヨンに加入したエンドンベレは正確なパス、スピード、ドリブルを武器にすぐさま主力選手となった。この年齢や攻撃能力の高さのわりにしっかりとした守備能力も兼ね備えており、完成度は高い。
CMF:コランタン・トリッソ
現所属:バイエルン・ミュンヘン
リヨン下部組織出身のトリッソは、2014年にトップチームに昇格し1年目から中盤の主軸として活躍し、2016/2017シーズンのヨーロッパリーグ(EL)ベスト4進出にも大きく貢献した。
多くのビッグクラブがトリッソに注目したが、獲得に成功したのはバイエルン。バイエルンが獲得に最も資金を費やした選手となった。
FW:アントニー・マルシャル
現所属:マンチェスター・ユナイテッド
リヨンの下部組織から2012年にトップチーム昇格しモナコに渡った彼を、ユナイテッドがその将来性を見込んで獲得。獲得時は移籍金が高すぎるなど、さまざまな否定的な意見もあったが、移籍金に見合う活躍を見せ始めている。
FW:カリム・ベンゼマ
現所属:レアル・マドリード
リヨン下部組織で、その才能を見せつけていたベンゼマは2005年にトップチームデビュを飾った。2006/2007シーズンからは、チーム不動のストライカーとして活躍。リーグ7連覇にも大きく貢献している。2009年に引き抜かれる形でマドリードに加入し2010/2011シーズンから本領を発揮。出場機会を増やすと、15ゴールの活躍。以降は主力選手として活躍を続けている。
FW:アレクサンドル・ラカゼット
現所属:アーセナル
リヨン下部組織出身の彼は、2010年にトップチームに昇格。オセール戦でプロデビューを果たすと、徐々に力をつけて不動のストライカーに。2014/2015シーズンは27得点を挙げ、リーグアン得点王、リーグアン最優秀選手賞に輝いた。
その活躍ぶりには多くのクラブが注目し、2017年にアーセナルが獲得に乗り出し移籍。アーセナルはクラブ史上最高額の移籍金6500万ポンド(約66億円)を費やした。チームメイトのピエール=エメリク・オーバメヤンにゴール数では劣るものの、チームとしてはラカゼットのほうが代えの利かない選手となっている。
(『ここ10年で、リヨンが放出した選手のベストイレブンが強すぎた』より引用)
如何であろうか?正直、移籍メンバーのみでチーム結成をしたら話題のチームになりはしないだろうか?そう、期待させてしまう面々であり実力者達が出揃う。舞は、ペルナンブカーノと会った後、頭の隅にリヨンの事を気に掛けていた。彼が何故、自分を部下に欲しいと言ったのか?
「ジャン・ミシェル・オラス会長は、貴方の仰る通りに最高の実業家です。アジア方面の投資拡大をフランス🇫🇷市場に取り入れたい!と中国のベンチャーファンド『IDG Capital Partners』に対して20%の株式を売却する代わりに、1億ユーロの投資を受けるという交渉が締結したとか?これで中国にはリヨンのプロモーションを担当する合弁会社が設立されて、よりマーケティング面の強化か図られますもの。近年、新スタジアムの建設などで経済的にダメージを受けてきたチームに中国の投資が入ることで、フランス🇫🇷リーグ・アンのトップレベルに返り咲いた。でも、その資金面に決して依存したくはない?そういう姿勢なのでしょうか?」
ペルナンブカーノは、思わず身を引いて舞の全身を見た。実は"彼女を欲しい!"そう言った人物こそ、オラス会長、まさにその人なのだ。エーリッヒ・ラルフマン監督就任会見を見た彼は、そこで舞を知った。
「この女性が噂なのかね?何故?」
チーム関係者に尋ねた彼は、ロンドン・ユナイテッドFCのチーム改革、その他運営、選手獲得、そして、新たに設定されたというチームスローガン"サポーターが監督を育てる"を打ち立て、リヨンが獲得出来なかったエーリッヒ・ラルフマンを監督として奨励したのが、この北条 舞という日本人女性だと知ったのだ。SD契約交渉の締結目前に呼ばれたペルナンブカーノは、こう尋ねられた。
「貴方は、どう思うかね?」
「どう?とおっしゃいますと?」
「彼女は結果を出しているのか?いや、出すことになるのか?どうかな?」
「正直、彼女が獲得した選手達が、有能であるという事実がありません。判断は早計であるのでは?」
「著名な選手獲得こそが、彼女のスキルを判断する要素とでも言うのかね?それより、先見の明を見て未来の大器を獲得しているとしたら、それはとんでもない才能だと思うのだがね。」
「そうなれば?ですよね?」
「勿論だ。」
オラス会長は、渋い顔をして呟いた。
「彼女が実践している費用対効果のポイントがあれば、是非、聞いてみたいものだ。」
このオラス会長の言葉に、リヨンスタッフは調査に入った。実際にロンドン・ユナイテッドFCの試合を観戦もした。チームは再編成の直後でもあるのに連携が取れていて、しかも、崩れるべきタイミングでも立て直す余力を見せていた。リヨンスタッフに同行していたペルナンブカーノの目に先ず飛び込んで来たのは、ベンチに居る控え選手達だった。クールに表情を変えないモヒカンヘアーで真っ青な顔色の選手(レオン・ロドウェル)、金髪ドレッドヘアーでガムを噛み大股開きでベンチに居座る選手(パク・ホシ)、独特な模様に刈り上げた坊主頭に腕を組んで試合を見つめる巨漢選手(デニス・ディアーク)、そして、日本人であろうか?細面の長身選手(リュウ)が後半0対0で登場すると、試合は彼がハットトリックを決めて3対0で圧勝した。ペルナンブカーノは試合終了後に眉をしかめて、グラウンドを見ていた。其処では、ファンに挨拶を終えた後、再びグラウンド中央に戻った長身の選手リュウがアシストを受けた金髪でモデルの様なフェイスをした選手(レオ)、キャプテンマークを付けた黒人選手(ニッキー)と、まるでキングコングの様な巨漢GK(アイアン)、そしてラルフマン監督と共に手振り身振りで会話をしていたのだ。どうやら、気に掛かったシーンがあったようで入念にチェックをしていた。真剣に見ていたペルナンブカーノにリヨンスタッフが話し掛けて来た。
「試合直後に確認ですか?映像を見た方が俯瞰で観れて良いのでは?」
「それだとイメージが分からない。きっと、彼は実際の視点を確認しているのかもしれない。」
「視点ですか?」
「見て下さい!仕切りにパスの軌道を確認していますよね?ビルドアップからカウンターに移る際のボールの軌道、流れを確認していると思われます。」
すると、ベンチに居た数名の選手も出て来た。そのうちの1人デニスがリュウに、何やら話し掛けながら近付いた。と、レオが動くタイミング、斜めに抜ける動作を動いて問い掛け、ラルフマン監督を見た。彼は頷くと右サイドを指差し確認しているようだった。試合が終わった後、皆が疲れているであろうに改善点を確認している姿は勤勉さとストイックさを合わせて強く感じさせた。この様に自発的に改善点を追求し合うメンバーを集めたのが、北条 舞という女性であると理解したペルナンブカーノは更に彼女を調査し、リヨンに行くに辺りブレーンとして欲したのである。
「驚きました。まさか、会長の意思まで当てるとは・・やはり、貴女を欲しくなりましたね。」
舞は、彼の言葉に眉一つ動かさずに問い掛けた。
「何故、ベラスのことを?リヨンがDSFootball(ドリームストック)を見始めたと?」
「いえ、まだ其処まで(?)には及んでいません。」
「ですか・・。」
「貴女を追っている内にベラスに辿り着いた・・まあ、そんなところです。」
ふと、舞の頭を過ったことがある。ヨーロッパの主要チームがここに辿り着いたとするのならば、それは予想外の事ではないのかもしれない。マスメディアの有効性を検証すべきなのかもしれないが、と。その考えに及ぶ舞は、エージェント課に居ながら広報課としての目線でも見始めていた。しかし、信じられないことになった。主要なチームが舞を追い、ベラスに辿り着いたというのだから、まだ一波乱あるかもしれない・・そう感じた彼女であった。
「では、私も立合ってきますので、暫くお待ち下さい。」
そう言うと仁科館長は乱取りに加わったのだが、最後にベラスを指名して2人の真剣勝負が始まった。
「す、すげぇ・・。」
イバンが身を乗り出して、感嘆の声を上げた。仁科館長は、師匠としての厳しさを見せようと、いや、観ている舞に良い姿を観せるために何度もベラスを投げようと試みた。だが、技を掛けて戻った直後、逆にベラスの小外掛でグラついた直後に内股で背負われた。
「うぉっ!?」
彼は危険な受け身であるブリッジにて何と技有りまで耐えた。周りに居る練習生達から、思わず歓声が上がると仁科館長はムキになりベラスを攻め立てたが、時間切れとなり彼は天を仰いだのだった。
「か・・勝ったんじゃないですか、彼?」
「ですか・・ね。」
思わず舞とペルナンブカーノが目を見合わせ互いに呟いてしまったが、舞の視線はしっかりとベラスを捉えていた。彼が喜んで然るべき時に如何するのかを見たいがために。だが、やはり思った通りだった。彼の無表情は、当然の様に顔に張り付いていた。やがて練習が終わり、練習生が輪になって柔軟を行った後に、整列して正座すると仁科館長の一言を得て礼をとった。と、練習生達がベラスの周りに来て彼を讃え始めた。
「いやー、驚いた。彼は十分に柔道選手として闘っていけるのでは?ねぇ、舞さん?」
ペルナンブカーノの問い掛けに彼女は曖昧な笑みを浮かべることしか出来なかった。
「ねぇ、舞?ベラスは勝ったのに嬉しそうじゃなかったね?何でだろう??」
イバンが舞の袖を引いて問い掛けて来た。
「何故だろうね、私にも分からないな・・。」
「いや〜、参りました。見事に投げられましたよ。」
仁科館長が舞達の元に、頭を掻きながらやって来た。
「余計な力が、入ってしまったのでは?」
「えっ?あ・・バレてましたか?いや、かえってお恥ずかしい所をお見せしてしまいましたね。」
彼は、顔を赤らめて顔を伏せた。
「ベラスは強いのでしょうか?それとも・・」
舞の問い掛けに、仁科館長は顔を上げ舞の大きく、愛らしい瞳を見た。
「そうさせる何か・・その、彼が強くなりたい!そう思う何かが・・」
と、問い掛けていた彼女の前に、仁科館長の背後からベラスが現れた。褐色の肌に玉の様な汗が光っている。
「お、来たか!お待たせしました。ベラス・カンデラ君です。」
仁科館長は、脇に移動してベラスを紹介してくれた。漆黒の前髪が青色の瞳に掛かる程に長くて、彼女は目に入らないのか?思わず心配してしまった。そんな彼が、節目がちにお辞儀をした。
「やあ!素晴らしい投げ技を観させてもらったよ。サッカーコメンテーター兼コンサルタントのペルナンブカーノだ、宜しく!」
ペルナンブカーノは、そう言うと舞の前に出てベラスと握手をした。だがベラスはもう一度軽く会釈をしただけで反応が薄い。この事にペルナンブカーノは、一瞬身構えたが直ぐにベラスの顔を覗き込む様に問い掛けた。
「私はブラジル🇧🇷人だから、柔術に関しては理解しているつもりだよ。だから分かるが、キミは強いね。柔道はサッカーのためにしているのかい?」
「べ、べつに・・」
「えっ?」
ベラスは、ペルナンブカーノの問い掛けに俯き加減で呟く様に答えると、よく聞き取れなかった彼は右の耳を近付けた。
「・・」
「あ、え〜と・・その・・大会なんかにも出たりするのかい?」
「・・と、特に、には・・」
「あ〜、そうかい・・」
ペルナンブカーノは、彼の反応が薄いことに戸惑うと思わず舞を見た。彼女はそれを観るとゆっくりベラスへと近付き、右手を差し出した。
「初めまして、ベラス・カンデラ選手。イングランド🏴3部リーグ所属 ロンドン・ユナイテッド FC チーフ テクニカルディレクターの北条 舞です。宜しくお願いします。」
「ボディーガードのイバン!それと、コイツがアベル!」
イバンは、舞の背後にピタリと寄り添って、そこから身体を出し自己紹介した、ついでにアベルの事も。ベラスは変わらぬ表情で目を伏せたま会釈すると、舞と握手をした。
「!?」
舞がその白魚の様な華奢な手で強くベラスの手を握ると、彼は驚いて彼女を上目遣いで見た。
「疲れているところをごめんなさい。DSFootball(ドリームストック)で、貴方のプレイを見たわ。素晴らしかった!」
ベラスは直ぐに俯いて軽く会釈をしたのだが、舞は更に一歩近付き問い掛けた。
「サッカーでも必死になって縦横無尽に駆け回りチームへ献身的なプレーをする貴方が、柔道ではこう・・何と言ったらいいのかな?必死さ?違うかなぁ?・・でも、楽しそうというのと違う様に感じるわ。どうしてかしら?」
この問い掛けに彼は、左右に身体を動かして黙り込んだ。ペルナンブカーノがそれを眉間に皺を寄せて見ている。舞は手を離すと、一歩下り再び語り掛けた。
「ごめんなさい・・突然。でも、貴方のプレイを見ていると"素晴らしい"と思う反面、心配になってしまって・・何が貴方を"必死"にさせているのかしら?」
「キミ?」
ベラスが唇を噛み締めたまま一言も発しないで居たため、ペルナンブカーノは舞の前に来てベラスに呼び掛けようとしたのだが、彼女が彼の手を引き首を左右に振ったことで、仕方なく元に戻った。
「無理に言わなくていいんです、私が勝手に思っていることだから・・」
「ぼ、ぼくは・・く、な・・ない、と、い、いけ、な、ない、から。」
ベラスが呟く様に口を開いたのだが、その言葉を聞いたペルナンブカーノは思わず眉を顰めた。イバンも舞の背後から身を乗り出すと目を丸くしている。
「強くなるため・・そうなの?」
舞の問い掛けにベラスは、こくり、と頷いた。
「彼は"青年海外協力隊"による指導に参加してくれましたから、決して生活に余裕がある訳ではないですからね。」
仁科館長が分かり易い様にと解説を挟むと、ペルナンブカーノがベラスを覗き込む様にして話し掛けた。
「キミは話すのが、その・・苦手なのかい?」
仁科館長は、一緒"はっ!"とした顔をすると、ペルナンブカーノに問い掛けた。
「すみませんが・・ご存知では?」
「何を?」
「あ、いや・・彼は吃音症がありまして、話すのが少々苦手なんですよ。」
「吃音症?あの、"どもり"とかの?」
「ええ・・まぁ。」
「そうなのか・・あ、でも、治療出来ない訳ではないんだろ?もしかしたら、ウチの精神科医に聞けば治せるかもしれないぞ!?」
ペルナンブカーノの言葉に、仁科館長は軽くため息を吐くと頭を掻いたのだが、そこで舞が手を叩いて呟いた。
「あ!そう言えば、聞いた事があります。柔道は"軸脚"が重要だと・・。」
「あ、はい!その通りです。技の基本は、軸脚を起点とした回転動作ですからね。」
仁科館長が、応えてくれた。
「となると・・柔道って相手を背負うことが多いから、え〜と・・こんな感じで片脚でターンするんですかね?」
舞がベラスの前で、右脚を軸に右回転して後向きになってみせた。それを観た仁科館長が思わず"おっ!"と声をあげる。舞がベラスの左組みをよく観ていたことに気付いたからなのだが、彼女のスカートが美しくひるがえったことも付加しておこう。
「そうすると・・"軸足の骨盤を立てる"ことが重要なのかしら?あ、でも、蹴る方の脚による"股関節の内旋"これの範囲が広いと力がより正確に掛かることになるのかな?」
舞が首を傾げながら反復して軸脚によるターンからのキックを行うと、それを観ていたイバンとアベルも真似てみた。
「いてぇ〜ー!すっげぇ、ふらふらすんだけど。」
「かなり、ブレるよ・・。」
「骨盤を立てる為に、ヒップの強化が必要なんだよ、ベラス君はヒップの筋肉が発達しているのかもしれないな。」
「なるほど!そうなんですね?ベラス選手は、意識したりしてるんですか?」
ペルナンブカーノが、堪らずに解説してくれた。流石は元世界最高のキッカーだ。舞は場を和ませ様とたまたま質問しただけだったのだが、ベラスが口を開いた。
「じゅ、柔道は・は、早く・か、かいて、てん・す、するこ、こと、が、だ、大事だ、だけど・・さっ、サッカーだ、だと、そ、それだけで、では・だ、ダメなんで・す。」
初めてだった、ベラスがこんなに喋ったのは。舞の顔に思いっ切りの笑顔が映え、彼女は両手の拳を揃えて彼に語り掛ける。
「そうなんだ〜!そうすると・・ベラス選手はキックにおいて、どんな意識をしてるんですか?」
「ぼ、僕、が・・い、いし、意識、し、してるの、のは、け、蹴る・ま、まで、ど、ど、何処、に、け、蹴るか・わ、わか、分から、ない、よ、ように、す、するこ、こと、や・・ぼ、ボールの、き、きど・軌道が、あ、あい、相手、せ、選手・・の、そ、そう、そうぞ、想像と、ち、ちが、違う、よ、ように・・す、するこ、ことな、なんだ・・。」
ベラスは舞に問われて考えを全て吐露したのだが、こんなことは初めてのことだったと言っていい。何故こうも自分はペラペラと考えを話してしまったのか?今まで彼の拘りについて、聞かれることなどはなかったことも要因かもしれない。普通、話していると目前に居るペルナンブカーノの様に、表情が彼の話す言葉に不快感を浮かべる様になる。だが、目前のアジア人女性は目を輝かせて身を乗り出し尋ねてくるのだ。これこそが、舞の人たらしの所以であるが、彼女は会話に質問を挟み、言葉の進展を本心から楽しんでいるのだ。どんな話でも相手を尊重しながら聞くことで相手の状況を理解し、時には自分の意見をしっかりと話すことで誠実に相手に接することになるため、信頼される関係にもなるのだ。良いと思ったことは、積極的に口に出して褒めることを理解し、褒めることでベラスは舞のことを自信を持たせてくれる人として居心地よく感じ好感度が増したと言えるのだ。
「想像と異なるキックですか?それが出来たら凄いなぁ!一つ一つのキックを丁寧にかつ捌いていく、そんな感じなのかしら?あ、そうだ!それに心の入ったフェイントを織り混ぜたら、きっと、相手選手はもっと戸惑いますよね?出来たら、凄いなぁ♬」
ベラスは、目を丸くして目の前の女性を見ると、やがて顔を下げて口元に笑みを浮かべた。
「明日、貴方の練習を観にスポルト・ボーイズのクラブハウスを訪問するのですが、もう!今から楽しみです♬」
舞が溢れんばかりの笑顔で胸元で両手の拳を握り締めてベラスを見続けているため、彼は顔を赤らめて照れてしまった。
「キミは、サッカー⚽️のために柔道を?」
ペルナンブカーノが、ふと疑問に思ってベラスに問い掛けてきたのだが、彼はそれを聞いた直後に顔をまた引き締めてしまった。舞もその一瞬の変化を見逃すことはなかった。気まずい沈黙が流れた瞬間、アベルが口を開いた。
「言えないなら、言わなくていいじゃん!無理しなくてもさ。」
「そうだよ、そういう時もあるだろ?」
イバンもベラスの表情を観てフォローをして来た。舞は一度2人の方に視線を移したが、直ぐにペルナンブカーノの表情を確認した。
「先程、彼女も言ったと思うが、私も柔道をしているキミに違和感を感じたんだ。きっと、怪我もし易いだろ?サッカー⚽️の技術向上が目的ならば、他に幾らでも手があるだろうに・・。」
ペルナンブカーノが話している間、彼は黙って軽く頭を下げたまま左右に揺れていた。その後も答えようとしない彼にペルナンブカーノが不快感を顔に滲ませると、仁科館長が前に出てフォローするかの様に話し掛けた。
「すみませんが、この辺で今日は宜しいでしょうか?彼も練習で疲れている様ですし・・」
「ま・・ま、まも、守らな・・い、と、い、いけ、いけないん、だ・・ぼ、僕が。」
ベラスが絞り出す様に答えたのを観た舞は、彼が拳を握り締め手を震わせているのに気付いた。
「守る?何をだい?」
「か、かぞ・・家族。ぼ、ぼくが・・み、みん・みんなを、ま、守るんだ。」
まさかの発言にペルナンブカーノは、舞を見てきた。それは、まるで確認を求めるかの様に・・。彼は知りたいのだ。何故、柔道を本気になっているのかを。それを観た舞は、抑揚のある落ち着いた口調で彼に問い掛けた。
「それが貴方を"必死"にさせている理由なんですね・・辛くはないのですか?本当は、サッカーに集中したいでしょ?」
舞はペルナンブカーノの様に直球的な質問をしない。それは、あたかも『言わなくていい』と言っているかの様ではあるが、彼女としても聞きたい!いや、ここで彼が吐露するのであれば、心のモヤが闇となっていないこと、叫びであるような・・そんな気がしたからこそであったが、ベラスは顔を上げて舞を見ると、鋭い目付きで語った。
「ぼ、僕の、の、お、お、おと、弟は・・き、きん、近所の、ギャ、ギャン・・ギャング、た、達の・こ、こう、抗争に、ま、まき、巻き込、ま、まれ、て、こ、ころ、殺され・・たんだ。」
第29話に続く。
"この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。"