見出し画像

『俺のタモリ論 〜さだまさしと小沢健二〜』【初出「週刊ビッグコミックスピリッツ」(2013年8月19日発売号)】

初出雑誌の編集部の許諾を得てメルマガに転載したことのあるコラムですが、あらためて記事として独立させておきます。無料ですが投げ銭歓迎。

 



俺のタモリ論


 それにしても賛否両論が激しい。小説家の

樋口毅宏が書いた『タモリ論』(新潮新書)。

インターネット書店「アマゾン」をみると現

在41件のカスタマーレビューがあり、星5つ

(最高)が14、星1つ(最低)が11という両

極端。平均点が星3つになってしまっています。

 そして売れています。新潮新書の1位、総合

で42位。発売1ヵ月にも満たないのに、著者

本人のツイッター情報によると5刷7万2千部。 

 賛否両論の本は売れますね。むしろ「ファ

ン」にしか読まれていない本は「賛」ばかり

目立つものです。著者本人が本書のまえがき

で、《非常に好き嫌いが分かれる本》を書く

小説家であると自己紹介しています。今回は

語られている題材が「タモリ」という国民的

人気者だったため、本来この著者の本を手に

とらない層にまで読まれてしまったというの

が、批判の多さにつながっているのでしょう。

 本書のもとになった小説『さらば雑司ヶ谷』

(新潮社)は刊行時にすぐ読みました。作中

人物が小沢健二を人類最高のミュージシャン

であると断言します。その根拠は、《四半世

紀、お昼の生放送の司会を務めて気が狂わな

い》タモリが、小沢健二の歌詞をほめたから、

というものです。私は「ミュージック・マガ

ジン」の小沢健二特集に歌詞論を寄稿する程

度には小沢健二のファンなのですが、この作

中人物の語る理屈はいささか強引で、飛躍が

ありすぎると思いました。その飛躍が小説で

は面白みになっているわけですけれども、あ

の小説の長い注釈のような文章が新潮新書ブ

ランドから「タモリ論」という題で刊行され

たら、それは怒る人もいるだろうなと思います。

 タモリがほめた音楽家が「人類最高」なら、

タモリがけなした音楽家は「人類最低」でし

ょうか。余計な敵をつくりたくなくて最近は

表明しないようにしているのですが私は、さ

だまさしのファンです。彼のラジオ番組で昔、

葉書を読まれたこともあります。そんな私に

とってタモリといえば、「さだまさし嫌いを

公言してきた人」です。その同調圧力はたい

へん強く、さだまさしファンは長年苦しめら

れてきました。たとえば岡村孝子は「あみん」

という二人組としてデビューしました。その

「あみん」はさだまさしの曲に出てくる架空

の喫茶店から命名されている、というエピソ

ードは有名です。なのに岡村孝子は、さだま

さしのファンであると大声では言わない。小

声では言います。作家の故・栗本薫(=中島

梓)はエッセイの中で、さだまさしは嫌いじ

ゃない、と公言したことがあります。「好き

だ」ではなく「嫌いじゃない」です。そんな

ふうに言わなくてはならない空気をつくった

のはタモリです。そんなタモリを思春期の私

は心から憎み、いつか「笑っていいとも!」

を観覧してタモリを刺そうと思っていました。

今は大人なので、そんなこと思っていません。

 と、まあ、このように「俺のタモリ論」を

語りたくなってしまうのが本書『タモリ論』

の罠。私もまた著者のてのひらの上にいます。




※以下はちょっとした補足。投げ銭くださったかた用に。

ここから先は

235字
この記事のみ ¥ 100

もしお役に立ちそうな記事があれば、よろしくお願いします。