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負けたくない  文=枡野浩一【『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである #枡野浩一全短歌集』 (左右社)発売前に書いた、 「ビッグコミックオリジナル」掲載の、#短歌ブーム に関するコラム】

本日、#枡野浩一全短歌集 5刷が決まりました。まだ本のタイトルも正式には決定していなくて(装幀案がまだで)、「もしかしたら企画が頓挫するかもしれない」と思っていた頃に書いたコラムを、許諾を得て以下に転載します。




初出=「ビッグコミックオリジナル」2022年7.20号(小学館)




 短歌ブームであるというテレビのニュースを目撃するたび、くちびるを噛みしめている。
 私は一九九七年に短歌絵本『てのりくじら』『ドレミふぁんくしょんドロップ』を二冊同時発売して歌人デビューした。実業之日本社という、太宰治の『東京八景』も出した老舗ではあるものの、詩歌の本が得意なわけではない出版社からの商業出版。絵を担当してくれたオカザキマリさんは昨今、おかざき真里という名で人気漫画家になっている。初版八千部ずつで、すぐに増刷がかかった。書評も多く書かれたし、結構なロングセラーだった。
 最近、全国の書店で「短歌フェア」が企画されている。事情がゆるす限り足を運ぶようにしているが、そこに拙著は置かれていない。仕方ないのだ。中途半端に売れた私の短歌集は、現在すべて絶版になっているのだから。
 短歌は周期的にスターを誕生させるジャンルとも言われている。与謝野晶子、石川啄木、寺山修司。私がリアルタイムで体験できたのは、俵万智さんの『サラダ記念日』ブームからだ。林あまりさんは俵さんと比較される形で話題になった人気歌人。やがて私自身がデビューし、私の監修によって第一短歌集を刊行した加藤千恵さんや佐藤真由美さんが短歌以外でも活躍するようになり、インターネットを作品発表の場にする「ネット短歌」の小さなブームもあった。ネット投稿短歌をちりばめた私の小説『ショートソング』(集英社文庫)は約十万部売れ、短歌に興味を持ったきっかけとして今も若い歌人たちに語られる。
 エッセイストとして揺るぎない地位を築いた穂村弘さん、小説家としても評価される東直子さん、オカルトに造詣が深いミュージシャンでもある笹公人さん、小説で太宰治賞受賞の錦見映理子さん、芥川賞候補のくどうれいん(工藤玲音)さんなど、歌人という肩書の文筆家は案外たくさんいる。
 最新のニュースによく登場するのは、木下龍也さんが一人一人のオーダーにこたえて詠んだ短歌を集めた『あなたのための短歌集』と、ツイッターでバズった短歌《ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、傘もこんなにたくさんあるし》を帯に掲げた岡本真帆さんのデビュー作『水上バス浅草行き』だ。その二冊はいずれもナナロク社から出ている。
 書肆侃侃房、ナナロク社、左右社といった、「もともとは詩歌専門ではなかったのに短歌の本を本気でつくる出版社」が連続して顕現化したことが、今回の短歌ブームの真ん中にある。乱暴に言えば、かつては都心の大型書店の詩歌コーナーに行かないと目に入らなかったような短歌の作品集が、より目立つ形で町の書店に並べられ、売れるようになったのである。
 今読んでいる『全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割』(幻冬舎)の著者は、「日本にただ一人の歌人芸人」と称される岡本雄矢さん(コンビ「スキンヘッドカメラ」)。かつて「芸人歌人」を自称し、今をときめく錦鯉さんの事務所の後輩だった私は、負けたくない気持ちで胸がいっぱいだ。



ますの・こういち。歌人。1968年東京生まれ。名久井直子装幀の『枡野浩一全短歌集(仮)』(左右社)、9月刊行予定。





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