中国で話題の「血奴事件」を考える。
「鎖の母」同様、最近の中国を大きく賑わせている血奴事件。
30歳の男性がネットの求人情報に騙されてカンボジアまで連れて行かれ、無理矢理自身の血液を売る仕事に従事させられていた、と言う事件です。
保護された当初は生命に危険のある状態でしたが、その後救急治療が施され、現在はその状態は脱したとのこと。
事件そのものもかなりショッキングですが、その求人情報は58同城というNY証券取引所の上場企業が運営するプラットフォームにあったものだったと判明し、更に大騒ぎに。
このニュースをきっかけに同じような経験をしたという様々な人から声が上がり始め、中央政府もコメントを発表しましたが、未だに収集が付いていない状態です。
概要
2021年5月、江蘇省に住む李さんが58同城で広西省での警備員募集情報を見て応募。
広西省へと面接に向かうとその場で拘束され、そのまま無理矢理カンボジアへと連れて行かれます。
カンボジアの港町・シアヌークビルのチャイナタウンへと到着後、電話詐欺の仕事をするよう言われた李さん。
李さんがそれを拒否すると小さな小屋へ連れて行かれ、そのまま監禁状態となってしまいます。
そこでは李さんに対し、スタンガンを使った攻撃や天井から吊るされた状態での殴打等が行われるように。
そして、1ヶ月半に1度、約1.5リットルもの血液を採取されるようになりました。
強制採血は8月から始まり、保護されるまでに計7回行われたとのこと。
採血作業をしていた人は、李さんが命を落とすことを恐れ、同時にブドウ糖等の栄養剤を点滴していたと言います。
厳しい監視状態で逃げることもできないまま半年が経ちましたが、2月初旬、長期休暇で管理体制が緩んだ隙を突いて逃げ出すことに成功。
それを手助けしてくれた中国人もいたようで、そのままカンボジアの病院へ入院し、一時は生命の危機もあったものの現在は回復途中。
シアヌークビルの警察は刑事事件として立件済みで、在カンボジア中国大使館と連携を取り調査中です。
中国人は中国人を騙さない?
ある報道によると、以前はシアヌークビルで賭博ビジネスを展開していた中国人が、シアヌークビルでの賭博が禁止になったことやコロナ禍での旅行者激減をきっかけに詐欺集団を形成していったとのこと。
コロナ禍で海外間を自由に行き来することが難しい今、人手は誘拐して連れて来ることが多いそうで、その報酬は一人当たり20,000USD〜30,000USDという報道もありました。
現在シアヌークビルの一角には数十〜数百もの詐欺集団が集まり、そこでは数千人以上の人たちが電話詐欺行為に従事しているといいます。
そして、その大部分が李さん同様騙されて(誘拐されて)やってきた人たちで、暴力や、或いは家族に危害を加えると脅され、已む無く詐欺行為を行なっているとのこと。
李さんはかなり体格の良い男性ですが、なぜ反抗しなかったのかと問われると「銃を突きつけられていたから」と答えています。
ただ、もう3年も前に文春からこんな記事が出ているように、元々治安の悪い場所だったよう。
想像するに、昔の歌舞伎町〜新大久保あたりのような雰囲気だったのでしょうか。
更に恐ろしいのは、そこから続々とシアヌークビルに関する話が出て来ていること。
反抗的な態度を取っていた女性が、内部資料を盗んでそのまま銃殺されるのを見たという人。
夫がシアヌークビルで不可解な自殺を遂げたという人。
娘がシアヌークビルで起業すると言って渡航し、そのまま音信不通だという人。
李さん自身も、自分と同じように監禁されている女性がいたことや、「臓器(恐らく心臓)を50,000〜70,000RMBで売った」という会話を聞いたことを語っています。
ここまで大規模な事件となると、カンボジアの現地警察、中国大使館はずっと黙認していたのではないかと思います。
昨年、「中国人不骗中国人(中国人は中国人を騙さない)」という言葉が流行しましたが、この状況を見ると何も言えません。
58同城はウソばかり
李さんが見た求人情報サイト・58同城は、北京五八信息技术有限公司という会社が展開している中国では知らない人はいないというくらい有名なプラットフォームです。
求人情報だけでなく、賃貸情報や中古品、車、ペット、チケット売買等々、地域に根ざした幅広い生活情報を扱っています。
今回の一件が58同城での仕事情報だということが発覚した後、ネットには「58同城の情報はウソばっかりだよ」という書き込みが相次ぎました。
個人的にはそのとおりなのだろうと思います。
私自身、以前58同城にとてもガッカリさせられた経験があり、それ以降使っていません。
ちょうど春節前に友人数人と食事をしていたところ、そのうちの1人が58同城で引越し先を探していると言うので「58同城是骗人的(58同城の情報なんて全部ウソっぱちだ)」という話で盛り上がったところでした。
ただ、ウソもここまで行くとは思っていなかったというのが私の本音ですが・・・
ちなみに、今回の事件に関し、北京五八信息技术有限公司は被害者・李さんに同情の意を示して事件を調査しているものの、今回の雇用側の過去の求人情報を含め、詳細はまだ分かっていないという声明を出しています。
需要側と供給側とを繋いだ立場として謝らないことにまず驚きますが、恐らく掲載情報に問題が無いかチェックする体制が無い、ということなのでしょう。
着地点
多くの報道は「パソコンで文字を打つだけで月給20,000〜30,000RMB(≒350,000JPY〜550,000JPY)」などという話は信じるなという注意喚起で結ばれています。
同一都市内での貧富の差が大きいとは言え、大陸で最も給与の高い北京ですら平均月給7,000RMB前後(≒130,000JPY)なのだから、月給20,000〜30,000RMBというのはとんでもない話だと思います。
でも、それを信じてしまう人がいるということ。
それを信じたい、それに賭けたい、と思ってしまう人がいるということ。
例えば、SNSによって、色々な人の生活が見えるようになった。
フードデリバリーの普及で、ブルーカラーが富裕層の生活を覗く機会が生まれた。
以前に比べ、見えなかった世界が見えるようになり、人と比較した時の自分について否応なく考えさせられるような機会が増えたような気がします。
日々の生活の中でも、この人は他人との比較というプレッシャーや焦りを感じているんだろうなと感じる機会がたまにあります。
過去に面接官をした際にも、肩書きや現在の収入を偽っている人にも遭遇したことがあります。
日本も同じだと思いますが、中国はとにかく物事の展開が速く「馴染ませる」時間も無いので、余計そう感じるのかもしれません。
「おいしい話は信じるな」も確かにそのとおり。
でも、藁をもすがる思いでいる人を食い物にする人たちを厳格に取り締まることも、同じくらい大事なんじゃないかと思います。