不愉快なイシ
大学時代の話です。
当時、私はお互いの親に挨拶を済ませた相手が居ました。名をNとしておきます。
当時、Nさんは30近かったこともあり、私の就職を待って結婚という話になっていました。
年が離れていた割には趣味が合う方で、多少見栄っ張りな面はありましたが、楽しく付き合える方でした。
ある時、彼がC県の友達夫婦のところへ遊びに行こうと誘ってくれました。
そのご夫妻は結婚される前から、それぞれが私たちの親しい友人であり、一緒に遠出で遊びに出かけたり、食事に行ったりと交流がありました。
そのお二人が結婚されて、新居に遊びに来てねとは、お誘いを受けていましたので、タイミングとしてはちょうど良いと思いました。
お邪魔させていただいた新居は、団地の最上階のお部屋でした。片付いているようでいて、まだまだ生活の荷が揃わない様子が伺えました。ご主人も奥様も、サブカルチャー好きでしたので、趣味の道具は押し入れからのぞいているといった状態でした。
「ごめんなさいね、片付けても片付けても、荷物が減らなくて。」
奥様が座布団を勧めながら話されます。
元々一人暮らしをされていたご主人のところに、奥様が引越された形でした。きっと、お互いの捨てられない趣味の道具の場所の整理がうまくつかなかったのでしょう。元々、奥様はかなりの衣装もちであったはずです。その荷物はご実家に置いてきて、趣味のものだけを選択されたのだとしたら、かなり悩まれての判断だと思いました。
私がそんな風に奥様を労いながら話を聞いていると、Nさんが
「俺達も結婚したらこんな風に荷物が多くなるんだろうなあ。」
と、私に同意を促すかのような独り言を呟きました。
その不自然な独り言の意味を考えて初めて、『ああ、自分達の結婚生活のイメージ作りで来たのか』と、私は状況を飲み込むことができたのでした。
Nさんの様子は、どうも変でした。妙に私にべったりだったり、そのくせ、亭主関白じみた態度で、説教をするかのように「俺たちが結婚したら、お前は~」と想像の話をするのです。
まあ、あまり他人に興味の持てない私でしたから、『彼は何か緊張することでもあるのかしら』程度に受け止めておりました。
ご夫妻とは元々はNさんの友人として知り合ってますから、ご夫妻はその様子を見ても『N君は将来のことを想像して、盛り上がっているのねえ。』くらいの温度で受け止めてくださったのでしょう。そんな調子のNさんと私に、お二人は最近の趣味の話をしてくれました。
奥様の趣味は貴石の収集でした。貴石といっても宝石として形になる前の裸石や、いわゆるパワーストーンと言われるものを集めていたのでした。
パワーストーンや誕生石といったものは、多くの女性が興味があるのではないかと思います。
少なくとも私は、自分の誕生石だけでなく各月の誕生石は知っていましたし、虎目石、水晶、珊瑚、ルチルなど、それぞれの石の数珠は持っていました。
奥様は宝石店の販売員をされていたこともあり、かなり状態の良い石を収集されていました。それが、仕切りのある箱にひとつずつ並べられ、綺麗に整えられていました。
奥様の誕生日の石はガーネットだった気がします。そのせいなのか、箱の中身が赤かったような覚えがあります。ただ、ガーネットだけを集めていたわけではなく、質の良い石で『これだ』と思うものを集めていらっしゃいました。
Nさんは、奥様から色々聞きながら、手に乗せてみていました。私は石を手にするのは何だか怖かったので、話を聞くだけにしていました。
ただ、そんな私の様子がつまらなそうに感じさせてしまったようで、旦那さんの方が、「あれを見せてあげれば?」と奥様を促します。
そう言われて、奥様が別に分けた小さな箱を取り出します。それを開けると、中から赤茶色のトパーズが表れました。研磨加工したら、かなり良いものと思われます。
「これはとても『良い子』でね。見つけた瞬間に一目惚れして購入したの。」
奥様が言うには、『石に呼ばれた』らしいのです。
不思議ちゃん扱いされそうなお話ではありますが、奥様がそんな話をされたのも、相手がNさんと私だったからです。
Nさんも私もサブカルチャー大好きでしたし、オカルト的なものも全く偏見なく受け入れていました。そのため、そんな話をされても、石もそれなりの年月が積み重なってひとつの石になるのですから、感情の一つもあって当然かと思いました。
Nさんは石を手に乗せて、感心しきりでした。素人目からしても、良い石に見えたようです。『なんか、暖かい感じがするよ。』と、Nさんは私に言いました。
「益実ちゃんも見てみて。」
奥様は、そう言って石を私の掌に乗せてくれました。
その時です。
ぶるっ、と石が私の掌の上で震えました。
私は驚いて、石をカーペットの上に落としてしまいました。
「何やってんだ、馬鹿!」とNさんが言います。
私は『石が震えた。』と言いましたが、掌に置いたときに転がっただけだろう、とNさんに否定されました。
奥様が石を拾い上げて、「どうしちゃったの?私のお友達だから、あなたのこと見せてあげてね」と、石を嗜めました。そうして、ニコニコしながら、ご自身の掌に乗せて、私に差し出されました。
もう一度持たなければならないことに抵抗感を感じましたが、仕方なく奥様の手から石をつまみ上げようとしました。
けれど、持ち上げようとした時、指先につねられるような痛みが走りました。
うわ、と手をすぐに引っ込めました。指先を見れば、指先が何故か小さく点のように赤くなっていました。
痛みの感じとその点の大きさから、石が刺さったのかと思いました。けれど、刺さるほどの突起状の部分など、その石にはありませんでした。静電気かとも考えましたが、石が通電するなどとは聞いたことがありません。
石に亀裂があって、そこに引っ掛けた可能性もありましたが、そんな状態の石を奥様が集めるはずがありません。
その時、私はふと『噛まれた?』と思いました。昔、小動物に噛まれたことがありますが、そんな痛みだったのです。
結局、私はそれ以上石を触りたくないと拒みましたので、奥様も無理には勧めませんでした。
その後はご夫婦と、趣味のPCのお話などで盛り上がりましたので、石の話は自然に流れてしまいました。
夕方、ご夫婦の家から帰る途中の車中で、Nさんが不意に言いました。
「あの2人、ああやって夫婦になってホッとした。」
「趣味の合うお二人だから良かったんじゃない。」と、私が返します。
「いや。Wさん(旦那さん)、お前のことが好きだったから。」
急な話に、私は運転席のNさんを見ました。Nさんはこちらに目もくれず話し続けます。
「俺とWさん、女の趣味が被るんだよ。で、俺、『ああ、今回もか。』って思ってたから、こうやってあの2人が結婚してくれて良かった。」
何を言い出すのかと思いました。私と奥様は、当時、メル友だったのです。メールでたくさんお話をさせていただいていましたが、そんな様子は微塵もありませんでした。
これで、奥様が知っていて今日のお呼ばれだったのなら、怖くて仕方がありません。
「え、奥さん、知ってるの?」
「いや、知らないはず。でも、付き合う前の様子とか、見てたら分かるんじゃん?」
奥様がどんな気持ちであったのか。それは、誰もわかりません。もし、気づいていたのなら……?
でも、それで合点がいきました。
ご夫婦宅でのNさんの行動は、御夫婦の様子を確認すると共に私達が恋人同士だと見せつけるための行動だったのです。
そこで、気がついたのです。
奥様のあのトパーズを持った時の違和感。あれは石からの敵意だったのではないか、と。
石は念を吸い取ると言いますから、奥様の心のもやを吸い取っていたのだとしたら、石は私を敵だと思うのではないでしょうか。
そうなれば、私が手に取ろうとしたことへ拒否を示したとしても、あり得る話ではないでしょうか。
私は、不愉快な思惑が私の知らないところで蠢いていたことが怖くて、それ以上何も言うことができませんでした。
Nさんとは、その後1年ほどお付き合いをさせていただいて、別れる形になりました。私の最も情緒不安定な時代を支えていただきましたが、これも縁です。仕方のないことでしょう。
そして、Nさんとの縁が切れたことで、ご夫婦とも何となく離れてしまいました。
随分と過去のお話になってしまったのですが、お二人が現在もお元気でいればいいなと思います。
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