母と私とクロ


「閑散とした駅のホーム」と大人なら表現するかも
しれない光景だが、9歳の私には何もかもが新鮮に
見えた。 

行き先を示す電光掲示板。
古びた電車。
駅員のアナウンス。

かなりの田舎町の為、頻繁に電車は
ホームに入って来ないが
それでも時々入って来る電車に子供らしく
心が踊った。

私は右手に一つの鳥籠を持っていた。
その中には一羽の並文鳥がいた。
名前は「クロ」という名前だった。

私は母に置いて行かれないよう
小走りで母の後を追う。
その振動でクロが驚かないように
気を使いながら。

私達が向かうのはパチンコ屋である。
遊びに行くのではない。
生きるために行くのだ。
生きるために打つのだ。

薄暗い通路を抜けると
一面の田んぼが広がる。
その中に、ぽつんとパチンコ屋があった。

建物は台形で、その周囲にはヤシの木が
たくさん植えられていた。
駐車場はかなり広く、駐車場の隅には
ボロボロのプレハブ小屋があり
「らーめん」と書いてある暖簾がかかっていた。

店内に入ると
音と光と香りが私の中に流れ込む。

目の前の光景は当時の私にとって刺激的であり
パチンコという物を大して理解してないにも
関わらず、心が踊った。

ふと鳥かごの中のクロを見ると
案外落ち着いたもので、麦をついばんでいた。

大の大人たちが椅子に座り
真正面を向いている。

その姿が私には少し面白く見えた。

母はパチンコ台へ。
私は休憩所のベンチへ行く。

休憩所に子供は私しかいなかった。

今でこそ不登校は珍しくないが
当時は珍しかった。

そもそも平日の昼間である。
本来、私のような子供は学校にいるべきなのだ。
少なくとも、パチンコ屋にいるべきではない。

「しかし……いやはや」

私は休憩所のベンチに腰を下ろす。
そして頭の中で整理する。現状を。

父が借金を背負った為
只今、夜逃げの真っ最中。
母は生活費をパチンコで稼いでいる。
僕は休憩所で母を待っている。
以上。

「以上、じゃないよな……ねぇ?クロ?」

私が問いかけると、クロは不思議そうに
私の顔を見上げた。

今思えば店員や他の客も
よく私を見逃してくれていたな、と思う。

母のパチンコの状況はどうでも良かった。
まぁ、勝った方が夜ご飯が豪華になるかなという
お気楽な考えくらいはあった。

母の戦況を見に行ったり
休憩所にあるテレビを見たりしているうちに
オレンジ色の光が窓から差し込み始める。

それくらいの時間になると
母と私はパチンコ店を後にする。
そして母は外にある公衆電話でホテルの予約をする。
名前は「一条」という名前だったと思う。

詳しい料金は分からないが
その当時の自分たちの経済状況から考えるに
高級なホテルではなかったと思う。

ホテルに向かう為、電車に乗ると
家族連れや仕事終わりのサラリーマン。
そして、学校帰りの学生がいる事もあった。

そういう人たちを見ると
この人たちは自分と違って普通の人生なんだ。
そして、そういう普通の人生は
私には無いんだ、と9歳ながらに悟った。
 
埃っぽい部屋、カタカタ音を立てるエアコン。
そんな中で、ひとつのベッドで 母と眠った。
枕元にはクロがいる鳥籠を置いて。

朝になった。
クロが水浴びをする音で目を覚ます。
いや、覚まされる。

他の文鳥の事は分からないが
クロは朝風呂に入る習慣があった。

チェックアウトをし、ホテルを出る。

向かうのは、無論パチンコ屋である。

「今日も負けられない」

実際に打つのは私ではないのにそう思った。

「ねぇ?クロ」

偶然だろうがクロは私に同意するかのように
チュンと鳴いた。





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