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Stand Still (習作)

 目がぐるぐるしている。多分飲酒のせいだ。
 帰路ではそんなことはなかったのに、家に着くとそれは余計にひどく感じられた。
 惰性でベランダに出る。もう一度夜気にあたってタバコでも吸えば気分も回復するだろうか。もとから飲酒が好きじゃないのに、労働後に無理やり――というわけでもないが――酒に付き合わされたせいだ。こんなの酒に対しての嫌悪感が一層募るだけ。
 たまに通る自動車を除けば、人の気配はほとんどなかった。あたかも夜を独り占めした感覚に陥る。それですこし気が大きくなる。音楽でも流してみようか。こんな夜に合う曲はなんだろう?
 それにしても今日は疲れた。めんどうな客ばかりだった。バイトの子は困ってしまって僕に目を配るから、それらは全部回ってくる。それも仕事なのだと割り切っているが、疲れは消失なんかしてくれない。しかし疲れは、肉体的よりも精神的にとりわけダメージを負わせる。
 この客たちを捌いて、毎日捌いて、その繰り返しなのだろうか。契約社員として勤めはじめてもう五年になる。慣れがきて一番怖いのは、未来を考える余地が生まれることだった。
 ふう、とため息混じりに煙を吐く。ため息をするとこの間まで付き合っていた彼女にすぐに咎められるから、いつしかこんな癖がついた。煙を吐いただけだよ、といつも誤魔化していた。
 こんなものじゃないと思っていたのが、次第にこんなものかもしれない、僕の人生なんて、と変わっていく。諦めを口にする大人に辟易していたのにこうやってずるずるとスライドしていくのかもしれない。そう自分に幻滅するのが何よりも苦しい。
 二曲目に移ったあたりで煙草を灰皿のなかで潰す。消費されていくんだ。何も爪痕を残さずに、何もかも灰になる。一部はそうじゃないのかもしれない。でもその一部になりたかった。
 首元が冷えてきて、灰皿を室外機の下にしまって部屋に戻る。酔いはもうほとんど醒めてくれた。熱い風呂を入れよう。音楽を止める。そして得られた静寂に一人を感じる。でも別に彼女がいたときだって一人だったのだ。二人というのだって、一人が二つあるに過ぎなかった。結婚でもしたら変わったのかな。でもしたことがなくて分からないから、考えることができなかった。
 暗いことを考えはじめたせいで湯を沸かしにいくのが面倒になって、とりあえずベッドにダイブする。何かになりたいと思いながら何もできない、社会不適合者。自分で烙印を押してしまえばなんてことないのだ。大学の同期がいそいそと栄転していくなか、僕は中洲のように流れを横目に動かない。いつ流れに乗るタイミングを見失ったのかももう思い出せなかった。
 努力なんてしたことないよ、と調子に乗っていたツケなのか。それとも先天性の惰性か。分かっている。そうやって過去に原因を求めてきたから、今こうなっていることも。
 右手にあったスマホを軽く放(ほう)って、うつ伏せのまま目を閉じてみる。また、このパターンだ。何もしていないのに果てたフリをしてとろけるように眠りに落ちる。ただ過ぎていく今日なんてはやく終えてしまいたかった。過去にすれば、明日の言い訳にできるから。電気もつけたままだけど。おやすみ、今日も何でもなかった僕。

新人賞のプロットでのテーマについてどんな風に書けるか試してみました。ひょっとすると続くかもしれません。気分次第ですね。
読んで下さってありがとうございます。

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鱒子 哉
今まで一度も頂いたことがありません。それほどのものではないということでしょう。それだけに、パイオニアというのは偉大です。