私たちはちょうど始まったばかり(終)
サンドイッチと夜間飛行
ぱりっと糊の利いたように晴れている。たまに通りすがる風は身を震わせるものの、十三時ということもあり、ぽかぽかと暖かかった。こんなに太陽を浴びていると、ひょっとして光合成でもしてるんじゃないか、と錯覚する。
低い格子窓からちらりと覗くと、奥の方で透子がもう店内で座っていた。すると侑二に気づいたのか、穏やかににこりと笑みを送ってくれた。
今回は侑二が指定したのだった。道がとても分かり易く、なおかつ雰囲気のあるカフェ。そして自信もある。
三段ほど下がって広がるそこは、白と黒が基調となっていて、まるで一昔前だ(もちろんその時代を生きてはいないが)。
侑二はよくありそうなピアノのワルツを背に、さっき見つけた透子のいる席へと向かう。
透子の読書する様はほんとうに画になる。背すじはぴんと床に垂直に伸びていて、それと平行に長く細い髪が垂れ下がる。この姿を見る度に、侑二はずっと目の前でこれを眺めていたい、という欲がかき立てられる。
けれど当然そういう訳にもいかないので、透子の向かいのソファに座りこみながら声を掛ける。
「お待たせしました」
透子は文庫本に下ろしていた目をゆっくり侑二に合わせる。
「ちょうどぴったりよ。それより、いいところを見つけたのね」
透子の幸福そうな様子がゆるやかに伝わってくる。侑二は透子の手にある、カバーのかけられたそれに向かって、それ何て本? と訊ねた。
透子は口を閉じたまま、ぱらぱらとページを始めに戻し、タイトルを見せてくれた。「夜間飛行」と書かれていた。
「面白い?」
「ええ。他のことをついなおざりにしてしまうくらい」
好きなものについて話すときの透子は、侑二にとってもっとも愛しいと感じるところの一つだった。あの日以来、何が変わったかと、明確にはわからない。けれど、少しずつ互いの内側を共有していければいい、と思っている。
「透子はもう決めた?」
うん、と言ったのを聞いて、侑二はベルを押した。
ウェイターがやって来て、透子はカルボナーラを頼んだ。侑二は、この店自慢のサンドイッチ。ここを見つけ出したときから、もう決めてあったのだ。
失礼します、とウェイターは戻っていった。感じのいい好青年、という印象を持った。
先に置かれた冷水を一口飲んでから、侑二は思いきって口を開いた。
「ねえ、僕たちにとって、安らかな場所ってどこだと思う?」
これで終わりになります。小説はしばらくしてからになります。また日記かな?
感想お待ちしています。よろしくお願いします。