いつも、すこし遅い。ADDress生活【DAY12】
朝起きて洗濯。コインランドリーは難しくて30分で洗濯が終わり、脱水が終わった衣類を乾燥機に放り込まなくてはいけない。だらだらしてシャワーびゃっと浴びてメイクして戻って、乾燥機に服を入れて目安時間がまるでわからずどうしようか3分突っ立って迷った末、規定分数の2倍の60分かけた。
「だからあなたも、私を好きになるべきなんです」
二日前の暴飲暴食で昨日はお腹が減らず1日何も食べなかったので、いい感じに腹が減っていた。朝マックとかありなのでは?と思ったが、セブンで高菜おにぎりとサラダチキンと水を買って辛島駅前の広場の階段に座って食べた。なにも考えないでただ座っている感じがここちよかった。
この旅でわりとInstagramのストーリーを投稿している。以前ストーリーを投稿するのは自分のためではなく人のためだった。人のためには二種あって、ひとつは会った相手/ものをもらった相手への忖度。UPしないといけないような気がして、相手から期待されている気がして義務感で丁寧に文章を書いて上げていた。もう一つは気になる相手に見て欲しかったから。私はこんなに充実していて人に好かれてるんです、だからあなたも私を好きになるべきなんですもっと私を見てくださいと、たった一人の人に肯定されたくて気色悪いラブレターみたいな投稿を重ねていた。
それがいまは少なくともストーリーはほぼ自分のための出来事の記録として使えている。「ほぼ」なので、ちょっとは他人に対するおもねりや人が見ていてくれるか確認したりもしてしまうが、ちょっと、だ。
本当は違うんです
チャリチャリに会員登録して11分(!)だけ乗って、吸い寄せられるように入った商業施設のセレクトショップで目が覚めるようなグリーンの綿のそれはそれはかわいいロングワンピース(セール除外品、frameworkで20,000円ちょっと)を手にとった。
私は手持ちの服の中では一番かわいいワンピース、腕の太さが強調されると自分内で話題、を着ていたがそれでもでかでかとしたリュックにあざと蚊に刺されだらけの脚に靴づれにはった絆創膏が目立つサンダル姿の自分がこんなにかわいいワンピースに興味を示している状況が恥ずかしく、話しかけてきたオシャレな店員さんに「違うんです、いま私はこんなんだけどいつもは違うんです」と道化になりながら必死に自己弁護した。
中国茶の名店で紅茶を飲む
その後、きょうちゃんに勧めてもらった「長崎書店」と「安定茶館」へ。書店は訪問前は普通の本屋でしょ?と思ったが棚を見てすぐ「あ」と思うくらいセレクトがよかった。感覚がいい人が選んだことが伝わる棚で、おもしろいなと思った。どんな場所でもその人は滲む。夜のホテル「野ばらINN」でのご飯に備えて、茶館では「参鶏湯のランチセット・・・おかゆ二口だけいただくことってできますか?」とお願いした。
中国茶にこだわった店で、私も本当は薬膳茶が飲みたかったが種類によっては100〜200円追加で払う必要があるらしい。私は追加料金がこわいので途中で思考放棄して「今日のおすすめ」を頼んだら紅茶がきた。紅茶がきたところで自分は中国茶が飲みたかったのだと気づいた。いつもすこし遅い。
店には本棚があり自分もかつて読んだ漫画が置かれていて嬉しくなる。以前人と話していて雑誌の本特集で自分が読んだことある本が出てきたときと読んだことない本が出てきたときどちらが嬉しいか話したが、私は前者だ。読んだ冊数が少ないので自分が読んでいた本があると安心する。あ、私のおもしろいって感覚間違ってなかったんだあとお墨付きをいただいたような気持ちになる。弱い。
坂口恭平美術館「museum」
1キロほど先の坂口恭平美術館へアーケードを通って徒歩移動。熊本は驚くほど賑わっていて、40−60代女性ではほわっとした綿素材のワンピース、私が一番好きなタイプの服を着ている人の率が高い。想像だけど、「ヴェリテクール」(福岡に本社がある鬼のようにかわいい綿ブランド)の服を着てる人も多いんじゃないかな。そんな中バカ重リュックに背負われた状態で歩く自分が惨めだった。
坂口恭平美術館は古い石でできた建造物の2階にあった。3331とも似たまっしろな空間で絵とガラスや陶器の作品が飾られている。坂口恭平さんの描く波は私には動いて見えてどきっとする。空の色の重なりとその前に描かれた黒い建物との質感の差も絶妙でこの数枚の絵の裏側にいる描き手、坂口さんのことを思った。
田園風景が自分ごとになる日
部屋にいた半ズボンの男性に話しかけて熊本のおすすめを伺う。すこし話すと「あ、Mちゃんいるかないま。ちょっと荷物ここに置いておいて、とられないから」と言うと男性(Sさん)は階段をずんずん登って屋上に出た。
屋上の先にはさらに屋上があり、下の景色を見渡せた。「このビル古いから100年前のタイルを使ってて、そのときのタイルっていまみたいに精密じゃないから目地が太いんだよね」とSさんは言った。私はまず目地ということばを初めて聞いた。
Sさんは東京出身で半年前に移住してきたばかりだという。移住してから自分だけの畑を持って古来種の種を植えているそうで、農業を始めてから歩いていると「あーこの畑かっこいいな」と思うことがたびたびあると言っていておもしろいなあと思った。それまで他人ごとだった「田園風景」も自分が作り手になるとよし悪しを見分けられるようになり、その奥にいる人のかっこよさをとらえられるようになる。自分ごとの世界、アンテナの立て先を広げれば広げるほど見えるものが広がっていく。
「はだしのゲン」と熊本
階段を下るとMさんがやっているレコード屋さんがあった。Mさんは二月海に出て働いて、一月熊本でレコード屋を開く生活をしているそうだ。私の話を聞いて二人とも旅に出ること移動し移住することを肯定して背を押してくれた。
Mさんの着ている緑色のTシャツにはファンキーな「はだしのゲン」がプリントされていた。笑ってしまったが佐賀の大雨のときのチャリティーTシャツだそうで、ゲンはそういうときによく使われるのだという。「つらいものも何度も何度も何度も読めばネタとして笑えるところまでいく。ゲンはそこがすごい。熊本はいろいろ、水俣とかハンセン病とかいろいろあるけど、そこでもゲンみたいなものが出てきたらもっと変わるよね」と言っていた。
原付で熊本駅まで
美術館に戻ると、Sさんがバイクで熊本駅まで送ってくれると言う。店に鍵をかけて戸にメモを貼り、Mさんに鍵を託すと、バイクのヘルメットを渡してくれた。バイクはHONDAのカブでもう生産がされていないものだそうだ。私は原付に乗るのは初めてかもしれないと思ったがそれは勘違いで、ラオスで乗って自分で運転して事故っていた。
私のクソ重いリュックをSさんがカンガルー形式で持ってくれた。街の説明をしてもらいながら新町を通って熊本駅まで。途中「松石」という明治からある老舗のパン屋さんで「阿蘇の移動中に食べて」と惣菜パンと胡桃バターパンを買ってくれた。私は恐縮しながら受け取った。大粒の雨が降ってきて打たれながら熊本駅へ。じゃあ、とSさんは言った。
いけてる人は振り返らない
私の中でいけてる人といけてない人の判別方法がひとつある。それは人に施しをしたあと、「振り返るかどうか」だ。振り返るやつ、まだ自分の背を若輩者の私がしっかり見ているか確認するやつはいけてない。
2020年末に「ジモティ」で40−60代の話を聞きたいと募集を出したとき女性は一人も来ず、男性が4人ほどきてくれた。そのうちの一人と新宿駅南口のドトールで会ったが、彼は私のことをやや軽んじながら(とくに軽んじているという自覚はなく普段通りなのだろうが下のものへの軽視を感じた)自分の話を聞かせてくれた。
お茶代は私が払い(そういう約束で募集した)1時間半ほど話を聞いて新宿駅で解散。私は通常営業のサービス業スタイルのコミュニケーションで「本当にありがとうございました!お忙しい中!」と言いながら頭を下げた。男性は立ち去ったのち、10メートル以上距離が開いたところでくるりと振り返り私がまだ元の場所にいることを確認すると満足そうな笑みを浮かべて頷き、人の群れに消えていった。どんな顔だったかは忘れてしまったがすごく気持ち悪かった。
Sさんは振り返らなかった。
「野ばらINN」でゆうこさんと話す
熊本駅から電車に乗り阿蘇へ。電車はすこし混んでいて、となりの乗客との距離が近い。日記を書こうか、本を読もうかと思っていたが何も頭に入らずひたすらSNSをいじった。すこししてどうやら私は人との距離が近いのが苦手らしいと気づいた。
駅まで着いてすこし歩くとゆうこさんが待っていてくれた。ゆうこさんは思ったよりも小柄で美しい人だった。薄ピンクの車の後ろの席に乗せてくれて、ゆうこさんが運営するホテル「野ばらINN」までドライブ。野ばらに着くとまず部屋に案内してくれて、それから景色を観ながら話をした。
ゆうこさんは私の数日前の日南での個人的事件とそれに伴う川辺のゴキブリ会議(無数の小型のGたちが会議していた)とバーの陰からのハクビシン登場にもまったく動じなかったという話と、慣れない料理を人に振る舞うこととキックボクシングとで私が震えていた話で笑ってくれた。
私が変わろうとしていることに対して肯定的なことばをくれたし、ゆうこさん自身が自分でいいのだと思えるようになったことで、何が変わったでもないけど幸せを感じられることが増えたしまわりの人も変わったと言った。私もそうなりたい。