56日目 東京
待ちに待った外出の日。東京にコンサートをみにいく。親戚が出演する、毎年恒例のクラシックコンサートだ。入院中だが、外出許可をもらったのだ。
朝食後、おでかけの準備をする。久しぶりのメイク。お迎えが待ち遠しい。車椅子、松葉杖を病院から借り、ナースステーションで外出申請書の控えをもらう。緊急連絡先や、具合が悪くなった時の対応について書かれている紙を渡される。いよいよだ。
事前に試した乗車も問題なく、助手席に座りシートベルトを締める。創外固定がついたままだったらシートベルトできなかったのだろうか、むりやりできたのだろうか。外した今となってはわからない。夫が運転、母は後部座席で数時間かけて東京へ。
目的地に行くまでにコンビニに寄った。松葉杖ついてトイレへ。少しの段差にも気を付ける。ドアをあけたり、手を洗ったりと、杖をもっていては少し不便だが、できないことはない。
入院後初の外食は「大戸屋」へ。混んでるなか車椅子での入店、申し訳ないなと思ったがが、店員さんは快く対応してくれた。机は車椅子でもちょうどいい高さ。病院では食前に配茶サービスがあり、ほうじ茶をいただけるっが、この店でもあたたかいほうじ茶がでてくるのは、ありがたい。
コンサートホールの前にはたくさんの人がいた。開場して人が落ち着くまで端っこで待つ。先日結婚したいとこや、コンサートを主催する親戚に会う。心配をかけた。こうして出てこれて、顔を合わせて挨拶ができてよかった。ホールの案内スタッフさんが、車椅子席と、車椅子用トイレの案内をしてくれる。私の席の近くには、職場の関係者が何人か座っていて、久しぶりの再会を喜んだ。急な休職で驚かせてしまったし、迷惑をかけた。合わせる顔がないけれど、やはり会えて嬉しい。
コンサートはオーケストラ、合唱。父は合唱として参加している。音楽に身体全体が包まれるここちよさ。
休憩時間、職場の仲間が声をかけに来てくれた。「おいー、いつくるんだよー」「だめだよ休んじゃぁ」「声でるようになったんですね」「これたんですね、よかった」励ましの言葉をもらう。
コンサートの最後、恒例の全員大合唱のシーンがある。皆立って歌う。幸せなことに、今の私は右足全荷重、左足2/3荷重OKなのだ。まわりのお客さんを驚かせてしまうかもしれないが、せっかくここまできたのだ、立って気持ちよく歌おう。
歌おう、と思った。でも声が。
声が、発声が、前と違う。
息が続かない。今まででていた声域がでない。
気管切開後、声が出にくくなったことを思い知る。
ああ、それでもうたえる。できるかぎりの声だして。苦しいけれど、うたえるんだ。歌い終える頃には、感極まって目に涙が溜まっていた。泣くものか。怪我してからの入院生活が頭に浮かんでくる。泣くものか。
あっという間の時間だった。車で病院に戻る。帰り道は混んでいて、予定時刻を過ぎてしまいそうだったので、病院に連絡をした。このまま、いつものおでかけの帰りみたいに、自宅に帰ることをイメージするのは容易かった。でもまだだ。一人で自力で歩けるようになるまで、もう少し。もう少しなのだ。
病院に戻っても、疲れは感じなかった。それでも疲れているはずだから、ゆっくり休むようにと、お母さんが気づかってくれる。夫はきっと運転と介助でくたびれているだろう。外出を支えてくれた二人に感謝して、
おやすみなさい。
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