地方消滅について考える
いまさらながら「地方消滅」を読んでみた
楽しい出来事や悲しい出来事があって、色んな事は変わっていくけど、僕らの暮らしは続いていく。もし経済がどんどん衰退していったとして地方や都市はどうなっていくのだろう。そんなことを考えながらこの本を読んでみた。
「地方消滅」はよく地域系の講習なんかで地域ヤバい何とかしないとという話題に誘導する時に話題にあがっていた。最近はあまりそういった講習に参加していないからどうかわからないけれど。全国893の自治体が消滅可能性都市として考えられるという「増田レポート」を前提に書かれた本だ。
この本の項目
序 章 人口急減社会への警鐘
第1章 極点社会の到来――消滅可能性都市896の衝撃
第2章 求められる国家戦略
第3章 東京一極集中に歯止めをかける
第4章 国民の「希望」をかなえる――少子化対策
第5章 未来日本の縮図・北海道の地域戦略
第6章 地域が活きる6モデル
対話篇1 やがて東京も収縮し、日本は破綻する 藻谷浩介×増田寛也
対話篇2 人口急減社会への処方箋を探る 小泉進次郎×須田善明×増田寛也
対話篇3 競争力の高い地方はどこが違うのか 樋口美雄×増田寛也
おわりに――日本の選択、私たちの選択
このような構成になっている。
とりあえず全体を読んでのかなりざっくりとした要約的な事を書くと
・東京一極集中が社会へもたらす弊害
・少子高齢化人口減社会での地域自治について
・とりあえず若者に子供を産んで育ててもらわなきゃいけない
こんな感じのイメージ。ここからは個別に感想を書いてみる。2014年に書かれた本なので、アンフェアな批評だと理解して読んでもらえればと思います。
地方の消滅とはいったい何なのか?
地方の消滅とは一体何なのだろうか?というテーマが気になった。それでこの本を手に取ったわけだけれど、「地方消滅」というワードだけを聞くとある日突然地方がぽっかり消えてなくなるようなイメージが思い浮かぶ。僕の中では3.11での出来事がイメージ通りだ。実際に暮らしが完全に消滅した地区もある。
しかしこの本のいう地方消滅はちょっと異なっている。冒頭部分に書かれている消滅可能性都市の厳密な定義は「2010年から2040年にかけて、20 ~39歳の若年女性人口が 5 割以下に減少する市区町村」とされている。そこで疑問だけれど若年性女性人口が半分以下に減少したからと言って地方は消滅するのだろうかという事。人口が減っていく、今の半分の人口になる。今の国や自治体が行う統治は出来なくなるだろう。しかし地域で生きる人はそこで生きて命と文化を繋いでいくはずだ。
そもそも市町村制って
そもそも今の市町村というものの原型が出来たのは明治期、戦後自治体法の成立によりさらに合併が加速、昭和、平成の大合併を経て今に至る。自治体がなくなることを地方消滅というならば、国を挙げて地方消滅を促してきたとも考えられる。
総務省のHPより:https://www.soumu.go.jp/gapei/gapei2.html
明治期22年 市町村総数 15,859
昭和31年 市町村総数 4,668
平成26年 市町村総数 1,724
現在ある1724の市町村の内、消滅可能性都市が893ある。これはマズイ!という主張だけれどそもそも制度上の市町村は明治期から10分の1、戦後から今に至るまで半分以下になっている。ここに至るいきさつは様々あるだろうし、当時の空気感や歴史的背景まで詳しく考察は出来ないけれど、全て当時の成長と発展し続ける社会モデルで考えたことが今の時代に合わなくなったというだけのことではないだろうか。
自治体の統廃合と文化の統廃合
次に今私が住んでいる地域と村の関係を考える。高畠町は明治22年のタイミングで30以上の村が6つの村へ統合される。(高畑村、二井宿村、屋代村、亀岡村、和田村、糠野目村)昭和30年には6つの村が統合されて今の高畠町になっている。今私が住んでいる所は明治22年でいう時沢村で、昭和30年でいう屋代村で、今現在における高畠町という訳だ。縄文時代から暮らしの足跡がある土地で、山に囲まれて実り豊かな環境だ。しかし現在6つの村の風土というのは各々少しずつ違っていて、まだ明治期の村や昭和の村の風土というのが残っている。
村の機能というのは暮らしに即する形で残っているもので、時沢村で言えば時沢自治会という組織があり、年に一回の総会を実施して今年の催しを決めたり、暮らしに必要なインフラの修繕を求めたりする。一件あたり年間2万5千円の年貢(自治会費)を徴収してその運営に当たっている。総会を運営するのは60~70代の男性がほとんどで、未来の話をするというよりはあくまで暮らしを続けるためにどうするかという所が主に議題にあがる。
さて文化的に共通項の多い村の名残、ここを組織として再構成して、お金が流したら古き良き日本の小さなくらしができるのではと考えてみる。しかしイメージしてみると多くは会合や飲み代に使われるだろうなという事が想像される。市町村制は地域の文化を均一化したかもしれないが、元々村の統治はその時々で中央の意向に沿って行われただろうし、一律に元の村的な自治を促したとしても結局は変わらないのかもしれない。批判的な内容になりそうと思って考えていたら一回りして中立に戻ってきた。
地域が活きる6モデルをよく見てみる
この本で上げられる地域が活きるモデルは
地域が活きる6モデル
①産業誘致型 (石川県川北村)
②ベッドタウン型 (神奈川県横浜市)
③学園都市型 (愛知県日進市)
④コンパクトシティ型 (香川県高松市丸亀町)
⑤公共財主導型 (京都府木津川市、茨城県つくば市)
⑥産業開発型 (秋田県大潟村)
細かい中身は読んでもらえればいいと思うけれど、大体まぁそうだよねと納得できると思う。しかし場所的要因や政治的要因に依存するものがほとんどで、中身は正直ほとんどの町や村に住んでいる人にとっては再現性が低く参考にならないだろうと感じた。
そんな中気になった所として
若年女性人口増加率ベスト20は上記のどれかに当てはまるという形で、モデルケースが挙がっているのだけれど第1位に上がっているのが石川県川北町、ジャパンディスプレイ等の企業に誘致に成功したと書かれている。ジャパンディスプレイといえば鳴り物入りで始まって今は鳴りを潜めているけれど実際どうだろう?
白山工場についてはこんな感じ
ニュースイッチ 2019年9月13日:https://newswitch.jp/p/19229
川北町の人口推移はこんな感じ
統計メモ帳:https://ecitizen.jp/Population/City/17324
因みに第2位は秋田県の大潟村、詳しいいきさつや歴史についてはわかりかねるのであまり言及はしないけれど、こちらも政府主導の取り組みによる特例と言わざる負えないだろう。
https://www.ogata.or.jp/encyclopedia/history/2-4.html
大潟村百貨時点より
公金が大量に投入されれば地域にヒトモノカネが集まってそれに応じて豊かにはなるよね。でも結局それって一番媚びた地域や忖度した地域だけ生き残れるような格差社会の象徴みたいな動きであってこの本のいう一部地域へ人口が密集する「極点社会」を推し進める動きではないのかなと思ってしまいます。
村社会を否定しながらも、今となって地域での暮らしを進める矛盾
マクロな視点から見ると、国は村社会の集約を進めて都市化を推奨、地域の産業を集約してブランド価値を高めなさいという事をやってきている。いかにして外貨を稼いでヒトモノカネを集めるかという競争を促していた。それはきっと既存の村社会や村文化の否定だっただろう。
農村は稲作を中心に土地を活かした多様な作物をつくり暮らしをつないできた。戦後から高度経済成長期にかけて大きく発展してきた理由は米が命を繋ぐ食料でありながら、貨幣として機能していたからだろうと考えている。内需にも外需にも米が用いれることは村の運営に強烈に作用したはずだ。戦後米の価値が爆発的に上がり豊かになった村々のパワーを活かして町や都市が発展、そして今度は減反、生産調整、海外の安い作物の輸入、衰弱する地域、その結果既存の農村のほとんどは「人間の暮らしの場」としての機能を失い存在意義の根幹を失ったともいえる。それは国が積極的に進めてきた事であり、消費活動として選択してきた結果でもある。そんな中、米以外にも産業を育成していた地域では食や伝統のブランドというものを確立して外貨を稼いでいる。しかし内需を伴わない地域のブランド産業というのはそれぞれに一定のリスクも抱えているとも感じる所だ。
本読んで考えて思う事
人口や年齢構成の推移というのをマクロな視点で見た場合、大きくずれ込む事はなくこれまでと異なる年齢構成や人口密度の社会が生まれてくるという事実を提起したのがこの本の一番のポイントと感じた。しかし実際に暮らす人は何を想いどう暮らしていくかという事が想像されていないと感じた。特に後半はいかに若者がお金を稼いで子供を育てるかという事ばかり書いてある。僕自身はもっとこの地域やこの国で楽しく生きる未来をどう描こうかという事に目を向けていきたいと思う。
大きな流れとしてはこれから何が起こってくるのかは本当に予想するのが難しい。地方の自治体という形はきっと統治する側の都合で消滅するのだろう。あくまで形式的でしかないけれどそういった意味では都市の方が消滅可能性は低いだろう。
地域とか都市とかあまり関係なく
誰がどこにいたって各々その時そこで生きていて、命と文化をつないでいく。例えばサイバーパンクな映画で未知の世界観に恐怖やかっこよさを覚えるように、例えばセカイ系のアニメで小さな日常に期待と不安を膨らませるように、誰かが描く未来の絵の片隅に生活をイメージしてみると意外に楽しいかもしれない。どんな未来であろうともその世界での生き方や楽しみ方はその時に生きる人が考えればいい。願わくば世の中の理不尽がすくない社会にしようという態度で生きたいですね。
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