見出し画像

ギルドハウス高畠4年目、最近考える事とか

 今年もギルドハウス十日町のアドベントカレンダー企画という事で書かせていただきます。つい昨日まで十日町のグランドマスターことハルさんが高畠に遊びに来ていたので、色々とギルドハウスがらみの事を話したりしていました。もう年末か―と思いながらあれこれ今年の総括的に書いてみようと思います。

アドベントカレンダー企画全体についてはこちら

ギルドハウス高畠2021の動向とか

 今年は丑年だったので牛のイラストを描いて玄関に飾る所からスタートしました。そのイラストを描いた記憶がなんだか印象的なのは、あの絵をいまだに玄関に飾ったままだからだろう。今年の7月で3周年で今は4年目という事になりますが、ここでの記事やちょこっとした告知などはしながらも相変わらずほったらかしな感じで開いています。
 年の初めからコロナの影響も結構長く続き、その時々の状況に合わせて、月に1人か2人位ポツポツと連絡いただく冒険者を受けいれていました。今年の変化として面白かったのはコロナの影響もあり、学校がオンラインになってあちこち行っているという学生さんや場所を選ばないリモートワーカーの方が拠点を求めて訪れてくれたことでした。
 この時期にかなり少ない情報からギルドハウス高畠を見つけてくれて2週間~1カ月とか滞在してくれる方々は、各々自分なりの探究テーマを持っていてギルドハウスでの暮らしや集まる人と意見交換を通じて見分を広げていて面白い変化だなーと感じていた所でした。
 一方短期滞在希望でふらっと来てくれる方は、コロナの感染状況などお構いなしに相変わらずなんとなく来てみたって感じが多かったので、あんまりおもしろい繋がりが出来なかったなーとは感じた所でした。ギルマスも忙しく対応しきれなかったり、コロナでちょっと神経質になっていたりした部分もありますが、こういった反省はちょっと今後の打ち出し方に反映していこうかなと感じた所でした。

より詳しく知りたい方は高畠のギルマス記もどうぞ

ギルドハウス高畠を通じて何を生み出したいのか

 最近学習や探究についての知見を深めているのですが、その中で私自身が「ギルドハウス高畠を通じて何を生み出したいのか」という事をあらためて考えます。地域に興味を持って今に至る根源的にはおもしろい村的なものを作りたいというような発想から始まっています。そんな中十日町のハルさんが「死ぬまで楽しく暮らす家」というイメージでやっているギルドハウス十日町へ訪れたて、あまりにも自然体で特異点的なコミュニティを作っているのを見て、あぁこういうのが地域づくりとか村づくりとかの根本的な発想なんだろうなぁと直感した事がきっかけかなと改めて思うところです。
 分かりやすく”~村”とか"~village"という名前を掲げてあれこれと取り組んでいる方も結構最近は頭角を現しているかとも思いますが、最近は元々あった村社会のアップデートという事を考えています。 
 というのもギルドハウス高畠のある時沢地区はそもそも村的な繋がりが残っているし、ここに住んでいる人やそのまた先祖の誰かが思い描いて作ってきた理想の村のその後の姿なんだろうとあちこちに残る足跡から見て取る事が出来ます。
 そんな場所なのでよそから来た人が考える、前提を無視した苛烈な新しさというのは今になって思うとやはりどこかに無理が生じるように思います。で最近のテーマってあらためて何かなと考えると「楽しく愉快に作りかえる」ということかなと思ってます。そのために地域内外の人を巻き込んで色々社会実験する場としてギルドハウス高畠が機能していくようなそういう方向へ少しずつアップデートしているようなもう少し進めていこうかなんて考える今日この頃です。

6月から高畠熱中小学校の事務局長として

 4月から新しく地域おこし協力隊が2名熱中小学校に着任、6月から私が新しく事務局長として3名の新体制として高畠熱中小学校の運営をしてきました。熱中小学校も今年の10月で6周年という事もあり、”学び改革計画”というのを推し進めてきました。廃校再生プロジェクトから更に昇華した取り組みの育成、取り組みやコミュニティのマンネリ化への対応というところが始めたきっかけですが、そもそも熱中小学校の取り組みが真に価値のある取り組みとなっているのだろうか、誰のなんのための学び舎なのだろうか。というところを改めて問い直して根本の所のアップデートを行っています。で意外と会計とか雑務もいっぱいあって暇そうで意外と忙しいようなそんな日々を送っていました。

結局のところ本当に必要なのは教育だろうと

 最近は「地域おこし、地域活性化」というようなワードは正直もう食傷気味だなと感じています。こういうテーマを掲げてよそから来た人に活動してもらうと、その人のエネルギーを注いで一時的に地域は表面上にぎやかになるかもしれないけれど、よそから来た人が疲弊してしまうというのを度々目にしてきたからです。なのでこの構図をそのままにしておくことは人柱を求め続ける呪いの物語を地域で紡ぎ続けることでもあるのではないかとそんな風に感じ取っています。
 ”なんとなく思い付きでやる”というのは個人個人が自己実現をするために最短経路である事は多く、”なんとなく”のトライ&エラーこそが個人の判断力を鍛えます。しかしながら個人から複数人そして社会として取り組む事となると、”なんとなく思い付き”ばかりで取り組むと不都合な事に目をつむったり押し付けたりずっとほったらかしになったりしていくという状況が生じます。
 なのでこの複雑性を社会としてしっかり理解した上で、個々人のやりたい事をやる前に対話の場が必要であり、対話をする前提の知識を得る学習の場が必要であり、学習する習慣を身に着けるための教育の場が必要だと考えています。希望的観測のもと優秀な誰かや外の力に頼るばかりではなく、自身や身近な人の内部に眠る力をどうやって引き出していくか、これが呪いの物語から抜け出す鍵であり、少子高齢化が更に進み、寿命が伸びるのが分かり切っている現代の行き詰まり感への答えでもあると考えています。

自分も楽しく愉快に生きたいという前提のもと

 私もボチボチ30歳になりまして、”若者”というには微妙かなという年になってきました。個人的には年代で区切る意味はないとも思うんですが、そうはいっても周りも結婚しましたなんて話も結構多くなり、気軽に遊びに誘える相手が少しずつ減っていくのも感じます。楽しく愉快に生きるためには遊んでくれる人との関係性が不可欠じゃないかなともやっぱり思うところで。だからという事でもないんですが、「楽しく愉快に作りかえる」のを一緒に楽しめるパートナーとも出会えたらいいなぁそんなことも思う今日この頃です。まぁこっちは”なんとなく”そう思って行動しているのが最善手だろうと思っているので結構のんびりと頭に留める程度です。

心地よいと思える感覚を大事に

 そんな事を考えながら今後もあれこれとやっていこうと思っていますが、まずは自分自身が心地よいと思える感覚を損なわないように動いていきたいですね。経験を積んだり色んな事を知って改めて思うのは自分が心地よいと感じるポイントや選択肢が選び取りやすくなったという事です。それはおそらく物事との複雑な関係性の理解やシステムへの干渉能力が上がっているという事なのかもしれません。思いのままに”なんとなく”で始めたらいいけれど、”なんとなく”でダラダラと留まりすぎないそんなバランス感を大事にしながら、創造的な取り組みを続けていきたいですね。そのためにはこうして記録して誰かに伝えていく事も大事かもしれません。もし今回の記事を読んで何か感じる事があれば、是非高畠へ冒険しに来てみてください。”何かを作りかえたい”けれど、誰とどんな事をしたらよいかわからないそんな葛藤や想いのある方歓迎です。誰かと一緒に未来への予測と関与できれば楽しいので。年の瀬まで間もなくとなりましたが、みなさまよいお年を。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
筆者の情報はこちら
メール:t.cok.hasegawa@gmail.com
ギルドハウス高畠について:https://colish.net/concepts/1264
フェイスブック: https://www.facebook.com/guildtakahata/
ツイッター:ハト@ギルドハウス高畠 (@OilyI) | Twitter
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?