ケリングの時計事業のMBO、あるいはユリス・ナルダンとジラール・ペルゴの売上高の概算について
昨日(2022/1/24)、ラグジュアリーブランドコングロマリットのケリング (Kering SA; Reuters: PRTP.PA, Bloomberg: KER FP) が傘下の時計ブランド、ユリス・ナルダン(Ulysse Nardin; 以下UN)とジラール・ペルゴ(Girard- Perregaux; 以下GP)、というかUNとGPとさらにDaniel Jeanrichardを保有していると思われる持株会社のSowind Group SAのMBOを発表しています。
以前、セイコーやシチズンを担当していたこともあって、競合するRichemont Group (CFR SW)やSwatch Group (UHR SW)やLVMH (MC FR)などの決算やKPIを含めて時計市場も時々眺めておりましたが、Keringも一応その対象で横目で眺めつつも時計の売上わからないし……と思ってややスルーしていました。が、巷間騒がれているように、ここのところPatek PhilippeやRolexやAudemars Piguetといったハイブランドの時計が高騰して大変なことになっている状況下、Keringはなぜこのタイミングで売るというか現マネジメントのMBOを受け入れたのか、背景などをもう少し把握しておきたい感じがしてこれを書いている次第です。
# 実際、未上場企業のデータを扱っているようなところでUNの売上見るとUSD35-40Mだのなんだのかなりいい加減な数字が出回ってますね……(1)(2)(3)そんな小さいわけないでしょ常識的に考えて、などと思いもしますし
そこでまずKeringの事業構造と時計事業の位置付けを整理するために売上の推移とその内訳を図示してみるとこうなっています。UN/GPはオレンジ色のOthersに入っています。
注意すべきポイントとしては、1) セグメント開示は現在はブランド別で、グッチ、サンローラン、ボッテガヴェネタ、その他となっている、2) その他にはバレンシアガ、アレキサンダー・マックイーン、ブシュロン、ポメラート等とともにUNとGPという時計事業が入っている、3) 2017年まではPumaなどスポーツブランドも保有していたが、ラグジュアリー路線に移行するために売却している、4) そもそも2011年までフランスの小売業のFNACを保有していたがスピンオフしてラグジュアリー強化に走っている、5) というかそれ以前の経緯見ると小売業から出発して99年にグッチとイブサンローラン買収してからラグジュアリー方向に戦略転換している、6) という流れの中でKeringがGP/Sowindを買収したのが2011年、UNを買収したのが2014年、というような点でしょうか。そのあたりを踏まえて見ると面白いかと思います。
時計の売上高に占める比率を見ると大して高くなくて、グッチ、ブシュロン、UN、GPからなる時計売上で6%前後、あるいはその他セグメントにあるWatches & Jewerlyの売上高を拾ってきて総売上比を算出すると3%強になっています。後述する売上高の概算からすると、UNとGPで1%強とかそんなものではないかという感じです。
UNの買収による連結とかセグメントの組み換えとかで連続性を持って見られるのは2016年以降なのですが、それをグラフにしたものが以下の図です。2018年に比率上がったように見えるけれど、これはPumaが連結から外れたことによるもので、そういう意味では特に比率が上がっているような感じは受けませんね。むしろグッチ除きでは徐々に下がっていることがうかがえます。
金額ベースではどうか、ということで、その他セグメントのWatches & Jewerlyの売上高を算出したのがこちらです。これはブシュロンとポメラートとキーリンとUNとGPから成り立ってます。その他セグメントのWatches & Jewerlyの売上高はコロナ前で800億円くらいな規模感ですかね。成長率は2017年が+7.1%YOY、2018年が+2.4%YOY、2019年が+10.7%YOY、2020年が-33.5%YOYと計算されます。
というわけで伸びてないわけではないけれど、という感じに見えますが、時計だけ取るとどうか。ブシュロンやポメラートやキーリンの売上がわかればそれを引けば良いんだろうけれど、ということで検索してみると、ポメラートは2019年で約EUR190M(4)、ブシュロンは2015年で約EUR160M(5)、とのことなので、差し引き時計はEUR200Mくらいしかない?そんなに少ない?みたいな感想になってきました。
なので検証するために別なアプローチとして本数x単価で想定できないかということを考えて色々探すと、2014年頃で400-500億円くらいじゃないかなという感触を得られます。UNを買収した時のロイターの記事(6)を見ると、生産本数が3万本/年で売上高がCHF250Mというようなことが書いてあり、また2013年のFratelloのGP訪問記事(7)だと生産本数は2万本強ですかね、記事によるとエボーシュ供給もあるから単価がGPはUNと同程度と置いても他は低いだろうしCHF100-150M程度に見積もるのが良さそうな感じを受けます。この辺合計して当時の為替レートで考えると400億円、今のレートで考えると500億円ということですね。
これが仮に2019年までフラットで推移しているとしてもEUR300Mくらいにはなるわけで、上記の「その他セグメントのWatches & Jewerlyの売上を算出して宝飾の売上を引く」方法で算出できるEUR200Mというのが正しいようであれば、マイナス成長していたのではないかという推測が可能ということになります。
本来であれば2010年代の世界経済の成長と過剰流動性からすると、時計市場は成長していたと思われるし、その中で有名ブランドは伸びているはずと考えるのが筋かと思いますが、もしそれが必ずしもそうでもないのだとすれば、あるいはそれが今回のMBOにつながっているのではないのかなと思ったりしています。そこでそれぞれの年の決算資料眺めると、2014年以降ほぼ毎年良くないという趣旨のことが書いてあるんですよね。以下長々と各年の表現を引用しますが、
とあって、2018年からはいわゆる構造改革に着手して組織の統合を図っていることが窺い知れます。実際、2018年には現CEOのPatrick Pruniaux氏が任命され、このような記事も書かれます。revitaliseという単語の選び方が実に適切だなあと思ったりしますね。
そんなわけで、時計事業の売上高は2014年時点から伸びてないか下手するとマイナス成長してるんじゃないかという状況で(先に見た800億円の内訳を前提にすると)、さらに2020年にはCOVID-19の影響が出るわけで、2020年の決算資料にはこのような表現になってきます。
transformationとかrestructuringとかばっちり書かれちゃってますね・・・単純にその他セグメントのWatches & Jewerly売上が3割以上落ちてますから、仮に前年400億円規模だったとして、250-300億円規模まで縮小した可能性が想定されます。流石に2021年はリバウンドしているわけですけれど、上期の表現ではまだ2019年の水準には戻っていないとの表現があります。
と、回復も半ばの状況で今回のPatrick Pruniaux氏を中心としたマネジメントによるバイアウトの発表となったわけで、Keringにしてみれば成長もないし、Chronos編集長の広田さんのツイートにもあるように、おそらく服飾や宝飾とは経営ノウハウが異なることでシナジーも追求できないという判断もあったのではないかという感じがいたします。
というわけで、UNの買収以降のKeringの時計事業は必ずしも芳しい状況ではなかったっぽいというのが今回のMBOの背景にあるのではないかというような妄想をつらつらと書き連ねました。
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記事内で言及したサイトへのリンク
(1) Management buyout snags Girard-Perregaux and Ulysse Nardin
(2) Kona Equity: Ulysse Nardin Company
(3) dun & bradstreet: Manufacture et fabrique de montres et chronomètres Ulysse Nardin Le Locle SA
(4) Turnover of the Italian jewelry company Pomellato between 2011 and 2019(in million euros)
(5) Boucheron toes a fine line between intimacy and growth
(6) Kering buys watchmaker Ulysse Nardin, posts mixed second quarter
(7) Fratellowatches Visits The Girard-Perregaux Manufacture In La-Chaux-de-Fonds
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