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自己紹介

大学2年か3年の頃、アルバイト先で知り合った彼女と付き合い始めました。

付き合って数か月が過ぎ、彼女が突然、オーストラリアにワーキングホリデーで行くと言い出しました。

当時の僕は外国に興味もなく、英語もほとんど勉強したことがありませんでしたが、彼女と離れたくない一心で、一緒に行くことを決めました。

すぐにパスポートを取得し、ワーホリビザを申請して、1ヶ月くらいで準備を整えました。

 
実際にオーストラリアのメルボルンに来てみたものの、英語が全く話せないので、生活は日本とあまり変わりませんでした。

日本食レストランで働き、日本人と集まり、日本語で話す日々。

それでも、この経験のいちばんの収穫は、英語が実際に「生活に使うもの」だと気づけたことでした。

それまではただの教科で、試験のための勉強でしたが、「話すための道具」としての英語を実感したことで転機を迎えました。


  • 英語を本気で学び始める

日本に帰国後、必死に英語を勉強しました。

残念ながら一緒に行った彼女とは別れてしまいました。

ただ英語を学びたいという意志は強かったので、次はカナダに行こうと決意しました。
 

大学卒業後、アルバイトで貯めたお金で、カナダに短期の語学留学をしました。

ある程度話せるようになっていたので、そこでの生活はとても楽しかったです。

次はカナダのワーホリに行こうかと考えていた矢先、伯母を通して伯母の英語の先生をしていたオーストラリア人の女性と大阪で出会いました。

僕が以前ワーホリでオーストラリアに住んでいたこともあって話が進み、デートを重ねるうちに付き合うことになりました。

 
しかし、ほどなくして彼女のビザが切れ、メルボルンへ帰国しました。

4ヶ月間遠距離恋愛を続けていましたが、いても立ってもいられなくなり、彼女に会いに行く決心をしました。

24年前のちょうど今頃のことです。

それから結婚し、息子たちも生まれて、気がつけば生活に追われて今に至っています。

長かったような、短かったような、そんな月日を感じています。


  • 人生の折り返しを過ぎて

人生の残りをどう生きるか。

3年前、思いもよらず経験した離婚は辛いものでしたが、今ではそれも自分の人生にプラスだったと感じています。

たまたま初めて訪れたメルボルン。

ワーホリが終わったときは「もう二度と来ることはないだろう」と思っていましたが、気がつけばまたここにいました。

因縁を感じるこの場所で、これまでに得たものをこれからは誰かに還元したいと考えています。
 
離婚をしてから様々な日本人コミュニティに関わる機会が増え、日本や日本文化に興味を持っている人々との出会いがとても楽しいものになりました。

メルボルンの日本人コミュニティはまだまだ小さく、世代間のつながりも希薄に感じ、現在は高齢化もすすんでいます。

僕はそのちょうど中間の立場にいる者として、何か役割があるのではないかと思っています。これからは、その役割を探りつつ、メルボルンの日本人コミュニティがさらに豊かになるように、ささやかながら尽力していきたいと思っています。
 

この文章は、プロのライターによる文章講座を受講し、添削を受けた後のものです。

やはり、視点の鋭さが違うと実感しました。さすがプロフェッショナルです。

私も長年運転の仕事をしていますが、自然と「この道の方がスムーズに進むだろう」というポイントを無意識に把握するようになっています。
それと同じことなのだと思いました。何度も同じ状況に直面し、そのたびに改善を繰り返す――その積み重ねが重要なのでしょう。

こうした考え方は、どの職業にも通じるものだと感じました。

普段何気なく読んでいる文章の裏に、たくさんの工夫や意図が隠れていることに気づき、とても新鮮な気持ちになりました。

興味のある方はぜひ


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