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ブラジリアン・トップチームでのトレーニング 〜レスリング編〜

ブラジリアントップチームでは、火曜日と木曜日の朝の11時からレスリングのクラスがあった。このクラスはプロのMMA選手向けであったが、これとは別に選手を目指したい人やプロ選手も交えて週に1度、午後にレスリングの打ち込みのクラスがあった。

プロのMMA選手向けクラスをコーチするのは、自らもMMAの選手であったダレル・ゴーラー。

ダレルのクラスは、朝プロ選手たちが気だるそうに道場に集まってくるところから始まる(なぜならこれから始まる時間が地獄だから)。ダレルはそこにさっそうと現れ、「Alonga, alonga!! (ストレッチして)」とお得意のフレーズを奏でる。この言葉が聞こえると、みんなはダレルが来たことを認識する。

ダレルはもともとアメリカ人なので、ポルトガル語の発音に独特のイントネーションがあり、みんなそれを面白がっていじったりもしていた。

ダレルのクラスは、テイクダウンのシチュエーションスパーリング中心。基本的なテイクダウンのテクニックは、すでに皆習得済みであることが前提条件。例えば相手を壁に押し込んで、片足を取ったところから始まるスパーリングなど。そこからの攻防を何度も繰り返す。攻め手・受け手ともにレベルアップが可能になる効率の良い練習。

このクラスにはノゲイラ兄弟やムリーロを始めとするトップチームのスター選手や、普段はコーチングに明け暮れるマリオも一選手として参加していた。

人間は立っている状態の時は、常にバランスを保とうと様々な器官を無意識の下で総動員している。これは逆立ちをしてみるとよくわかる。逆立ちをすると今まで無意識であったバランスを取る行為が、意識下の元にさらされる。バランスを意識下で取るということはかくも難しいが、それが無意識の下になると最強の力を発揮する。レスリングに限らず、合気道でも柔道でも世の中のありとあらゆる格闘技・武術に共通するのは、この無意識下のバランスを崩してテイクダウンを取る行為。レスリングは特に相手の重心の下に自分の重心を潜り込ませて相手のバランスを崩そうとする。

非常にありがたいことに、この周りがプロ選手ばかりのレスリングクラスにも、滞在が終わり頃になると参加させてもらうことができた。当然のことながら選手たちのレベルは高く、何度も転がされ歯からマットに突っ込んだことも1度ではない。通常打撃やMMAのスパーリングではマウスピースをつけると思うが、このレスリングこそマウスピースをつけた方が良いと思う。

クラスの1番最後にはシャドーボクシングからのスプロールの打ち込み。各々がシャドーボクシングをし、そこでダレルの「スプロール!!」の掛け声とともにタックルを潰す動作を行う。時間の経過とともに身体は乳酸の蓄積によって鉛のように重くなってくる。そこでダレルから「Você quer o dinheiro? (金を欲しくないのか?)」と喝が飛ぶ。私自身はこのダレルの喝が大好きで、シャドーボクシングとスプロールの打ち込みを密かに楽しみにしていた。

週に1度、午後にあるレスリングの打ち込みクラスを担当するのは、ジェファーソン。名前からするとアメリカ人ぽいけれども、れっきとしたブラジル人。小柄だけれどもとても熱気にあふれたコーチだ。

トップチームのクラスを数多く受けたが、フィジカル的に最も辛いのがこのレスリングクラス。テイクダウンの各種打ち込みを約1時間、最初から最後までハイスパートで追い込む。MMAを戦うなら、このレスリングの練習なしには成立しないだろうと強く感じる。

このクラスには様々なバックグラウンドを持った選手志望者が集う。そこで思ったことだが、レスリングを長く続けていた人と、柔術(着あり)を長く続けていた人には、立ち技において明確なスピードと瞬発力の差が見られたことだ。どちらの格闘技が優れているのか優劣を判断することではない。柔術の選手は立ち技においてスピードや瞬発力を磨く必要があるし、レスリングの選手はグラウンドにおいて柔らかい力の使い方を磨く必要がある。その絶妙なハイブリットがMMAでは活きてくるのだと思う。

クラスの最後には、みんなで輪になってoração (祈りの言葉)を捧げる。身体的にも厳しいクラスを無事に怪我なく最後まで成し遂げられた安堵感と、祈りの言葉の心地よい波長によって、最後には自然と涙が溢れてくるような高揚した気持ちになる。祈りはカトリックの教義に基づいており、トップチームが日本に来た折の試合前、試合に出る選手の健闘を安全を祈ると言う事だった。トップチームの選手たちから感じられる家族のような連帯感は、こういった祈りからももたらされているだろう。


画像:https://pixabay.com/images/id-2825588/

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