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今、自分が本当に食べたいものはどれ?
夫の転勤で大阪から東京に引っ越すことになった十年前のこの時期。
右も左もわからない私たち夫婦を手取り足取り助けてくれたのが、
夫の会社の先輩Jさんだった。
転勤の先輩でもあり、私たちと入れ違いで家族で大阪に帰ることになっていた。
住むところを探す際にも、夫と一緒に不動産に掛け合ってくれたりと、
Jさんのおかげでスムーズな家探し、引っ越しができた。
夫は入社時からJさんを心から慕っている様子で、
その豪快なエピソードの数々に私はどんな人なのか興味津々だった。
私が初めてお会いすることになったのが、
転勤の歓迎会で飲み潰れた夫を家まで背負って連れて帰ってくれた時だった。
深夜に失礼ながらパジャマで対応せざるを得ない状況だったが、
夫をそのまま布団まで連れていって下さり、本当に感謝した。
その後、何度かおうちに招待してもらった。
ある時、一緒に鍋をしようということになり、
Jさん家族と共にスーパーに行った。
二人のお嬢さんがいて、
お姉ちゃんが小学校低学年、妹はまだ幼稚園ぐらいだったと記憶している。
みんなで食後にアイスを食べようという流れで、
アイス売場に行った。
私たちも勧められてそれぞれ適当なアイスを選んだ。
子供たちにも好きなアイスクリームを買っていいよ。と、
Jさんが促すと、
お姉ちゃんはすぐに決めたのだが、妹は悩んでいるようだった。
「パパ、決められない・・・」
そう聞くと、Jさんがすかさず端から二つアイスを取り、
「これとこれどっちがいい?」
と、妹に差し出して聞いた。
しばらく考えると、
「コレ!」
と、嬉しそうに右のアイスを差す。
すると、Jさんがその次のアイスを左に持つ。
「じゃあ、コレとコレならどっち?」
「コレ!」
次のアイスを取る…
と、行った具合で売場の数十種類全てから選ばせていく。
ご家族と私たちもそれを口出しすることなく見守る。
端から端まで全てを終え、本人の満足の一つを選び終えた。
「時間かかっても、こうやって選ばせるのが一番ええねん」
と、Jさんは私たちに話してくれた。
この一シーンを目の当たりにして、Jさんの人柄を一瞬で感じた。
子供のうちから些細なことでも妥協することなく、
自分の意志で選択させることの大事さを丁寧に教えている姿に心からしびれたのだ。
二人もそんなお父さんが大好きだということが
端々で伝わってきたのだった。
それから間もなく一家は大阪に帰られ、私はこれ以降お会いする機会はなかった。
Jさんにもその後色々あったらしく、転職をされ、
夫もしばらく会うことが叶わなかった。
そして、二年前のこの時期。
急病で突然死されたことを夫から聞かされた。
まだ43歳だった。
会ったのは数回だったけれど、
豪快で大胆で、人に寄り添える素晴らしい人柄を一瞬でも共有できたことは幸せだったと今も思う。
お子さんもきっと芯の強い素敵な女性に育っていることだろう。
自分の好きなものがわからなくなり、どうしたらいいのかわからない…
自分の選択が上手くできていないと気付く時、今もあのやりとりを大事に思い出している。